PageTopButton

首相秘書官のオフレコ発言報じたのは問題か?元毎日新聞記者が反論

LGBTQなど性的少数者や同性婚のあり方を巡って、首相秘書官が「見るのも嫌だ」などと言って更迭された。元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは、出演したRKBラジオ『立川生志 金サイト』で、オフレコ発言を報じた毎日新聞への批判に応えながら、性的少数者や同性婚の問題を含む社会の寛容性について語った。  

差別発言が埋もれることの方が問題

まずは経緯と中身を改めておさらいします。更迭されたのは経済産業省出身の荒井勝喜首相秘書官です。2月3日夜、首相官邸でオフレコを前提にした取材に対して、LGBTQなど性的少数者について「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」と述べたほか、同性婚制度の導入について「社会に与える影響が大きい。マイナスだ。秘書官室もみんな反対する」「人権や価値観は尊重するが、同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」などと発言したとされます。

 

この件、最初に毎日新聞が報じたんですが、これが「オフレコ破り」、つまり書かない前提の取材の約束違反じゃないかと、ちょっと違う方向からの批判もあるので、まずここから説明しますね。

 

私は政治部経験がないので、改めて政治部長経験者に確認しましたが、政治部の「オフレコ」取材には大別して2種類あります。一つは「完オフ」で、これは今回のように各社が集まって立ち話で聞くようなものでなく、それこそ自宅や個室で、例えば次の総裁選に立つのかとか誰を支持するのかとか、人事や政局に直結するものとか、時には好き嫌いとか極めて私的な話もそうですね。

 

それに対し、今回のようなオフレコ取材は「録音や録画をせず、発言内容を実名で報じない」という前提で行う取材で、首相秘書官は平日ほぼ毎日、官邸での立ち話などに応じています。ですから名前を書かない形で、例えば首相周辺とか政府関係者といった主語にして、しばしば紙面やニュースにも登場します。その意味では、今回も主語をぼかして書けば、そもそもオフレコ破りですらなかった訳です。

 

ではなぜ、毎日新聞は本人に通告してまで実名で書いたのか。これは毎日新聞が紙面で経緯を明かしているので、そのまま紹介します。

現場にいた毎日新聞政治部の記者は、一連の発言を首相官邸キャップを通じて東京本社政治部に報告した。

 

本社編集編成局で協議した結果、荒井氏の発言は同性婚制度の賛否にとどまらず、性的少数者を傷つける差別的な内容であり、岸田政権の中枢で政策立案に関わる首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題だと判断した。ただし、荒井氏を実名で報じることは、オフレコという取材対象と記者の約束を破ることになるため、毎日新聞は荒井氏に実名で報道する旨を事前に伝えたうえで、3日午後11時前に記事をニュースサイトに掲載した。
少し背景を補足すると、予算委員会で首相が同性婚の法制化について「社会が変わっていく問題だ」と述べた部分は、法務省が作った答弁の中にはなかった、つまり首相本人の言葉だと分かっています。ですから、その意図について側近の秘書官に尋ねた答えが「僕だって見るのも嫌だ」「秘書官室もみんな反対する」「国を捨てる人が出てくる」だったんです。

 

だから記事にある通り「政権の中枢で政策立案に関わる首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題だと判断し」て、実名報道に踏み切ったわけで、ここからはあくまで私個人の考えですが、逆に書かないという判断はないだろうと。現場には10人ほどの記者がいたそうですが、毎日新聞の記者や報告を受けた官邸キャップはよく怒った、そっちが記者として真っ当じゃないかと、私は思います。

 

実際、毎日新聞デジタルが速報した後、荒井秘書官が謝罪撤回したのを受けて各社も一斉に報じ、翌朝には首相も「言語道断」だと更迭せざるを得ませんでした。むしろ私はこれが官邸と担当記者だけの中で埋もれる方がよほど問題だと思いますし、この手の話はすぐ内輪では話題になりますから、毎日新聞が書かなくても翌週の文春や新潮に出ていたんじゃないでしょうか。そうしたら今度は「新聞はどっち向いてんだ?」と批判されていただろうと思うわけです。

社会や意識の変化に応じて制度を改めたフランス

ここから本題、性的少数者や同性婚の問題を含む「社会の寛容性」についてです。

 

私は2月3日の番組で、少子化問題の議論が児童手当など金銭的な支援に集約されると、むしろ本質を見誤る恐れがあるとお話しました。そもそも日本では出生数以前に婚姻数が激減していて、2010年当時に年間70万組あった婚姻数は、その後の10年で52万組まで、減ったこと。

 

この間、日本は「伝統的家族観」を重視する政権が続き、例えば、多くの世論調査で賛成が過半数となった「選択的夫婦別姓制度」導入の検討も進んでいないことなどが、今の若い人たちの結婚観に影響していないのか、首相自らが言うように「社会の雰囲気を変える」ことこそが大事じゃないかという趣旨でした。

 

というのも、これも以前お話したんですが、先進国の中で高い出生率を維持しているフランスでも、実は2000年以降、結婚による出生数は減り続けていて、それを補っているのが「結婚以外での出生」なんです。

 

フランスでは99年、未婚のカップルにも結婚と同等の権利を与える市民協約が法制化され、元々は同性カップルの救済を想定していたのですが、ふたを開けてみると、結婚や離婚の法的手続きを嫌う男女のカップルにも定着して、今では結婚とパックスの割合は、ほぼ半々になっています。

 

これ以前にも、結婚以外で生まれた子どもの差別撤廃や、血縁のない親子や一人親家庭の法的な保護が強化され、2013年には同性婚も合法化されています。子育て世帯への経済的支援ももちろん大切ですが、社会や若い人たちの意識の変化に応じて制度を改めることは、それと同じくらい、あるいはもっと大切だと、私は思います。

 

お国柄が違うと言われるかもしれませんが、フランスは1965(昭和40)年まで「妻だけで銀行口座は持てず、夫の許可なく仕事を持つことができない」など、宗教観に基づく極めて保守的な家族観の国でした。

問われる政権の人権感覚

ひるがえって日本。G7で同性婚と夫婦別姓を法的に認めず、性的少数者の差別禁止法すら制定していないのは、日本だけです。

 

例えば、性的少数者の差別禁止法です。おととし、超党派の議員連盟が成立を目指して法案作りに取り組み、 野党側は「差別解消」、自民党側は「差別禁止ではなく理解増進」の法案を求めて意見の隔たりがあったものの、最終的に自民党が作成した条文案に「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されない」との文言を追加することなどで合意しました。

 

ところがその後、自民党内の協議で反対意見が相次ぎ、結局、法案の国会提出は見送られたまま現在に至っています。「差別は許されない」という文言がダメだと。いま、岸田政権で副文部科学相を務める簗和生衆院議員は当時、性的少数者について「生物学上、種の保存に背く」という趣旨の発言をして批判を招いており、そこへ今回の荒井秘書官発言があったわけですから、政権の人権感覚が問われています。

 

また、「なぜ導入しないのか」とよく話題になる「選択的夫婦別姓制度」についても、首相自身が早期実現を目指す議員連盟の呼び掛け人に加わっていたにもかかわらず、国会での早期導入を求める質問に対し、「議論を注視したい」と述べるにとどまっています。

 

いわんや同性婚については、首相も「社会が変わっていく問題だ」と発言したように、前の二つよりさらに党内の反対論が根強く、政権として取り組む考えは示されていません。いずれも党内保守派に配慮してのことと言われますが、これら伝統的家族観に基づく反対論は、旧統一教会の主張とも重なって国民の不信感を招いている面もあります。

 

今回の荒井発言を「言語道断」と言うなら、少なくとも性的少数者への差別禁止法は今国会で早急に成立させるべきでしょう。そうして一歩一歩、社会の寛容性、おおらかさを醸成していくことが、少子化対策にもつながるはずだと、私は思います。

“閣僚は全員60歳以上”埋まらない世代間ギャップ

最後に、こんなデータを紹介します。少子化問題にかかわる、世代間ギャップの大きさです。毎日新聞と埼玉大社会調査研究センターが毎年共同で行っている世論調査「日本の世論」で、若者世代と高齢世代の回答に大きな差が表れた質問が三つありました。

 

一つは、子育てについて「できる限り家庭が責任を持つべき」か「社会が支えるべき」か、どちらに考えが近いか。二つ目は同性婚を「法的に認めるべきか」。三つめは「選択的夫婦別姓」の是非です。いずれも18歳から30代では6割から7割が「子育ては社会が支え」「同性婚を法的に認め」「選択的夫婦別姓を導入すべき」と答え、年代が上がるにつれてその割合が減り、70代以上ですべて逆転しました。

 

少子化対策はどの世代に向けて行うのかを考えれば、おのずと進むべき道は見えてくるはずですが、残念ながら国会議員の7割近くが50代以上で、30代以下はわずか8%。閣僚に至っては全員60歳以上。女性議員の割合も衆院で9.7%と、世界190カ国中168位です。まず、ここを何とかしないと、日本は衰退の一途をたどるかもしれません。60の坂を超えた私も、心せねばと思ったデータでした。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

radiko 防災ムービー「いつでも、どこでも、安心を手のひらに。」