櫻井浩二インサイト

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首相退陣・カルト宗教…創刊100周年「サンデー毎日」の歴代スクープ

首相退陣・カルト宗教…創刊100周年「サンデー毎日」の歴代スクープ

日本最古の週刊誌「サンデー毎日」は2022年4月で創刊100周年を迎える。元編集長・潟永秀一郎さんがRKBラジオ『櫻井浩二インサイト』で、サンデー毎日が世に放った3つのスクープ記事を振り返った。

 

①時の総理を辞任に追い込んだ「宇野スキャンダル」

平成元年(1989年)6月、リクルート事件や消費税導入で支持率が急落した竹下登・首相の後任で、外務大臣だった宇野宗佑氏が第75代総理大臣に就任し、宇野内閣が発足します。そのわずか3日後でした。サンデー毎日は、神楽坂の芸者だった女性の告発を掲載します。内容は、彼女自身が宇野氏の愛人だったこと、そして、愛人になるよう彼女に求める際、彼女の指を3本握って、その報酬額を示したことなどでした。これがなぜ、画期的なスキャンダルだったかというと、それまで「政治家の女性問題」は、知っていても書かない不文律のようなものがあって、それを初めて世に問うた記事だったからです。ですから記事が出た当初、他のマスコミはほとんどこれを無視したばかりか「芸者が愛人の話を暴露するなど、芸者の風上にも置けない」とバッシングが起こったほどです。それが社会問題になったのは、外国メディアの報道からでした。ワシントンポストが「首相のセックススキャンダル」などと報じて初めて、他のメディアも追いかけます。

折しも平成元年ですが、まさに「昭和の男社会」が終わる、時代の節目でした。かつて政治家や実業家など名を成した人が愛人を持つのは「甲斐性」とすら言われ、とりわけそれが花柳界の人であれば、ほぼ問題になりませんでした。けれども、それは女性蔑視であると、カネで愛人を買うなどもってのほかだと、ある意味「国際基準」を突き付けられた。そういう節目となった記事でした。直後の参院選がさらに鮮明に、その節目を表します。「マドンナブーム」です。土井たか子党首率いる社会党が議席を倍増させる一方、「消費税導入、リクルート事件、牛肉・オレンジ自由化」の逆風3点セットに、首相スキャンダルを抱えた自民党は大敗し、参議院で結党以来の過半数割れになります。宇野首相はこの責任を取って、在任わずか69日で退陣するわけですが、この参院での過半数割れが、後の自民・社会・さきがけ連立政権につながるわけで、その意味では、政界再編の最初の発火点だったとも言えます。時の編集長は、福岡県うきは市出身の鳥越俊太郎氏でした。

②編集長・記者が危うく逮捕!?「イエスの方舟」騒動

二つ目は、その鳥越氏がサンデーの記者当時に仕えた、鳥井守幸編集長のキャンペーン報道「イエスの方舟(はこぶね)」です。1980年の報道でした。

これは二重に福岡と縁が深くて、一つは鳥井編集長も福岡県の大牟田出身で、毎日新聞入社後に配属されたのも福岡だったこと。そしてご存じの通り、イエスの方舟は最終的に福岡に落ち着き、中洲で「シオンの娘」という店を開くに至ったことです。この時も、サンデー毎日は当初、メディアの中で「孤立」しました。というのも、イエスの方舟問題はまず、家を出た信者の家族からの「娘を返せ」という訴えから発覚したため、「狂信的なカルト集団」とされ、国会でも問題になって、ほぼ批判報道一色になったからです。ところが鳥井編集長は、信者から届いた手紙の真面目さや一途さに打たれ「これは違うのではないか」と感じて、一行を東京に招き、主宰者だった千石イエス氏の独占会見を掲載します。これは他のメディアの猛反発を招き、さらに千石氏に逮捕状が出るのですが、信者の女性たちが会見して潔白を訴え、捜索願が出されていた女性は家に帰り、最終的に千石氏も「容疑事実は無い」として不起訴処分になって、問題は終結します。

サンデーはただ一誌、一貫して「これは魔女狩り」ではないか、という姿勢を貫いたんですが、この間、鳥井編集長や鳥越記者を含む編集部全員が、犯人隠避容疑で逮捕されそうになるなど、それは大変な状況だったそうです。

③オウム真理教に命を狙われた編集長

そして最後の三つめが、実はこの「イエスの方舟」報道から連なる「オウム真理教」報道です。1989年秋、サンデー毎日はメディアの中で最初の反オウム・キャンペーン報道「オウム真理教の狂気」をスタートします。編集長は牧太郎氏でした。1989年と言えば、最初に紹介した宇野スキャンダルの年。実は、鳥越俊太郎編集長は宇野首相退陣後の8月に毎日新聞社を退職し、テレビキャスターに転じるんですが、そのあとを受けたのが牧太郎編集長で「タブーへの挑戦」を掲げた編集部に寄せられたのが、「オウム真理教という宗教団体に子供が入って帰ってこない」という訴えでした。牧編集長は信者に親の遺産も全部差し出せと説き、教祖の血を100万円で飲ませていることなどを知って、キャンペーンを始めます。

そう、イエスの方舟の時と全く逆です。実は、イエスの方舟報道で「カルト教団だ」と批判をしたメディアの中には、これに懲りて、オウム真理教について深入りしない空気があったといいます。警察も同じく「信教の自由に踏み込めない」と、当初は及び腰でした。そんな中、サンデー毎日は逆に「これは違う」「おかしい」と、キャンペーン報道を始めます。後に分かるんですが、教団はサンデー毎日の出版を止めようと、毎日新聞の爆破計画を練ったり、牧編集長を「ポア」=殺害する計画を立てましたが頓挫して、次に狙われたのが、坂本堤弁護士でした。牧編集長は、麻原受刑者らの死刑が執行された4年前、毎日新聞の連載「オウム真理教と私」の最終回で、こう語っています。

裁判で、最初は僕を狙っていて方針転換したという話が出た。坂本さんは僕の代わりになったのか、報道して良かったのか。そう思うこともあって胸が痛み、事件を軽々には語れません。

実際、私たち後輩にも、この痛みからでしょう、オウムの危うさを最初に世に訴えた功績を語ることはありませんでした。それより「雑誌はタブーに挑戦しろ!」と叱咤激励されることが多く、私は今も一言論人として、心から尊敬しています。

私は力及ばず、こんな大キャンペーンやスクープは成しえませんでしたが、後輩たちには頑張ってほしいと思いますし、リスナーの皆さんもぜひ、読んでいただければ、と願います。

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