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「卒業写真」「手紙~拝啓 十五の君へ~」変わらないものを信じる卒業ソング

エンタメ
RKBラジオ『櫻井浩二インサイト』で月イチ恒例となっている企画「この歌詞が凄い」。水曜日のレギュラーコメンテーターで、かつて作詞家を志望していた、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんがヒット曲の歌詞を読み解きます。3月は世代を超えて愛される卒業ソング2曲を取り上げました。  

卒業写真(松任谷由実)~戻れない寂しさとともにあの日々を思い出させる歌

1960年代生まれの私たち世代で「卒業の歌」というと、やはり「卒業写真」です。1975年にリリースされた荒井由実3枚目のアルバム「コバルトアワー」の収録曲でした。

 

「私は世間に流されて変わっていくかもしれないけど、あなたは変わらないで」という、実はわがままな歌(笑)ですが、そう思わせないのは「街で見かけたとき 何も言えなかった」と、好きだった人を、遠くで見守る彼女の願いだからです。

 

この曲、聴く側は男女で自分を置き換える主人公が違うんじゃないでしょうか?女性は「変わらないで」と願う側、男性は願われる側ですね。私はこの歌と似た経験をしたことがあります。もう20年くらい前ですが、街で偶然会った同級生の女性に「変わらないね」って、涙ぐまれたことがありました。いや、実際は全然変わっているんですけど、彼女は「そう思いたかった」んでしょう。ただのクラスメイトでしたが、つらいことがあったのか(聞きませんでしたが)、きっとあの頃、無邪気だった学生時代が、ただ懐かしかったんだと思います。

 

一方、男の側で言うと「あの人に恥ずかしくない生き方をしよう」という思いを抱くことがあります。それは、好きだった人に限らず、友達だったり、チームメイトだったり。亡くなった人は、特にそうですね。私も高校生の時に亡くなった友人がいますが「生きている自分がめげてちゃダメだ」と、ずっと支えてくれます。「遠くで叱って」くれます。

 

つまり、男女どちらが聴いても、若い頃の自分や、屈託なく笑いあえた「あの日々」を、もう戻れない寂しさと共に思い出させてくれます。だから、時代を超えて歌い継がれるんですね。

 

ちなみに、この歌で最も有名な歌詞はおそらく「あなたは私の 青春そのもの」だと思うんですが、これには“原典”があります。1964年の芥川賞受賞作、柴田翔さんの「されどわれらが日々」です。60年安保の時代を生きた学生たちの群像劇で、180万部超えのベストセラーですが、主人公のもとを去っていく婚約者の女性が、最後に送った手紙の一節に、こうあります。

 

今こそよく判ります。あなたは私の青春でした。どんなに苦しく閉ざされた日々であっても、あなたが私の青春でした。

手紙~拝啓 十五の君へ(アンジェラ・アキ)前を向き続けることの大切さ

この曲も、変わらないものを信じる歌です。アンジェラ・アキさんの「手紙~拝啓 十五の君へ」は2008年の「NHK全国学校音楽コンクール」中学校の部の課題曲として書き下ろされた曲で、その後、卒業ソングの定番の一つになりました。

 

ご存じかと思いますが、この歌の「自分に宛てた手紙」は、アンジェラ・アキさんの実体験です。彼女が手紙を書いたのはアメリカで高校生だった17歳の時。親にも友達にも言えないことを、30歳の自分に宛てて書いて、すっかり忘れていた30歳の誕生日に、お母さんがその手紙を送ってくれた。それが折しも合唱コンクールの課題曲の歌詞を考えていた時だった…という、本当に運命めいた実話です。

 

歌は、15歳の自分と、大人になった自分の手紙を通じた対話で、その意味では3番の歌詞が一番伝わります。

負けそうで泣きそうで

消えてしまいそうな僕は

誰の言葉を信じてあるけばいいの?
という問いかけに

ああ、負けないで泣かないで

消えてしまいそうなときは

自分の声を信じ歩けばいいの
と答えます。

 

そして曲の中で、力強く繰り返されるのが「Keep on believing=信じ続けて」という歌詞です。アキさんは後にインタビューで、この歌詞について「あきらめない」ことより「~ing=何かをし続ける」ことの方が大切だと思っている、と語っています。子どもの頃に夢見た人生を生きている人なんて、ほとんどいませんよね。でも、生きている限り、人生は「~ing」つまり、終わりじゃない。思い描いた通りじゃなくても、それでも笑顔で前を向いていれば幸せは来る、と勇気づけてくれる歌です。

 

漫画「家栽の人」の原作者で、7年前57歳で亡くなった毛利甚八さんは生前、「辛くても、大人が笑顔でいなけりゃ、子どもは未来に希望を持てませんよ」と言って、実際に私が覚えている毛利さんは、いつも笑顔でした。もう彼の年齢を超えてしまった私は今、笑顔で子どもたちを勇気づけられるか?自分がくじけてしまってはいないか?と時折、自問します。

 

だから「いつの時代も 悲しみを避けては通れないけれど笑顔を見せて 今を生きていこう」という歌詞は、十五の自分だけでなく、いくつになっても、いつまでも自分に呼びかける言葉でもあるんです。

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