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警察で初の「カスハラ」対策 理不尽なクレームに対応 「市民の切実な訴え」との線引きは?

立場の違いを利用し、理不尽なクレームや暴言を繰り返したり、度を超えた謝罪や対価を要求したりする「カスタマーハラスメント」は、民間企業だけではなく行政サービスの現場でも増加しています。福岡県警は都道府県警単位で初めて「カスハラ」マニュアルを策定しました。「逮捕権」に象徴される強大な権力を持つ「警察」までもが必要とした「カスハラ」マニュアル。策定の理由を取材しました。


◆カスハラとは? 厚労省が制作した「動画」
客「あんたほんとに鈍いな。頭悪いんじゃないの」
店員「すいません」客「この役立たずが」

厚生労働省が制作した「カスハラ」動画です。コンビニの店員が客に暴言を吐かれ威圧的な態度で脅されています。厚生労働省が3年前に実施した調査によると、職員から「ハラスメント」の相談を受けた企業の割合は「パワハラ」48.2%、「セクハラ」29.8%。次いで「カスハラ」が19.5%に上りました。その内訳を見ると、「増加している」が「減少している」を「カスハラ」だけが上回っているのです。


◆福岡市役所でも問題化
この「カスハラ」は、行政サービスの現場でも問題となっています。

福岡市 龍靖則総務企画局長「直近の相談件数は、令和3年度が101件で、相談件数が多いのは区役所、保健福祉局、財政局などとなっています」

福岡市では近年、窓口を担当する職員から「カスハラ」などの相談が増加し、2020年度と翌21年度は相談件数が100件を超えました。

福岡市総務企画局 田久保義隆・公正職務推進室長「職員が最初に説明した内容に行き違いがあり、謝罪をしたところ、納得がいかないと大きな声を出して、繰り返しさらなる謝罪を求められる」


◆市としての適切な対応「難しいが丁寧に」
増加傾向が続いた職員からの相談を重く受けとめた福岡市は、独自の対策に加えて2022年2月に厚労省が策定した「カスハラ対策企業マニュアル」を参考に、職員の研修を積極的に実施。その結果、昨年度は職員からの相談が62件にまで減少しました。

福岡市総務企画局 田久保義隆・公正職務推進室長「耳が遠くて大きな声になってしまう方もいらっしゃると思いますし、すごく困られていて精神的に追いつめられているような状況で興奮状態になってしまっているという方もいらっしゃると思う。同じ大声でも、市として適切な対応をする必要があると思いますので、そのあたりは難しいが丁寧にやっていかないといけない」


◆時代の流れに不満の高齢者が発散する構図
過剰な苦情など“逸脱的な消費者行動”について研究する関西大学の池内裕美教授は、ここ数年間行政サービスの現場で高齢者による「カスハラ」が増えている、と指摘しています。

関西大学社会学部 池内裕美教授「コロナだけに限らず、世の中が非常に大きく移り変わろうとしている時代の流れのスピードに、どうしても取りこぼされてしまう高齢者の方々が、世の中に対する不満をふつふつと溜めていって、一つの発散として、行政を敵とし対応者に不満をぶつける、という1つの構図ができあがっている」


◆警察職員1万人のうち「カスハラに苦慮」が8割
増え続ける「カスハラ」は、強大な権力を持って治安を維持する行政機関「警察」でも、大きな問題となっています。

福岡県警警務課 藤田要管理官「事件の被害の届け出で、『事件にあたらない』と聞いた時に、何度説明をしても納得せずに、『ぶっ殺すぞ』と怒号を浴びせたり、適切な職務執行に対して携帯で執ように職員の顔のあたりを撮って『これをネットにさらすぞ』と脅してくるパターンも増えてきている。わがままな対応に悩み『辞職したい』と言う職員もいた、と聞いています」

福岡県警は2022年12月、市民と接する機会が比較的多い警部以下の警察職員約1万人にアンケートを実施。その結果、8割の職員が「カスハラ」に苦慮していること、3割を超える職員が「カスハラ」により心身に影響が出ていたことが明らかになったのです。


◆カスハラの4つのタイプとは
これを受け、福岡県警は都道府県警単位では初となる「カスハラ」対処マニュアルを策定、警察職員が受ける「カスハラ」を4つに分類しました。

(1) 「反復・時間的拘束型」執ように同じ申し出や要求を繰り返す
(2) 「暴言・威嚇・脅迫型」大声を出したりセクハラ行為をしたりする
(3) 「権威型」優位な立場を利用して特別扱いを求める
(4) 「誹謗中傷型」撮影した動画や職員の氏名などをインターネットで公表する

市民に対応した警察職員が「カスハラ」と感じた場合、幹部に相談した上で組織的に対処するとしています。「マニュアル」に沿って「カスハラ」と判断されると、来署した人に退去を促したり、電話での対応を打ち切ったりするということです。

福岡県警警務課 藤田要管理官「ある程度、警察がやるべきことをしっかりした上で説明を尽くしたら、一定のところで打ち切ることによって、本来警察がやるべき業務に注力する。県民の皆様のためになる施策だと考えている」


◆「市民の理解を少しずつ得ていく必要」と識者
専門家も、福岡県警の「カスハラ」対策に一定の理解を示しています。

関西大学社会学部 池内裕美教授「市民の立場に立つと、警察官は本来市民を守る立場にあるはずなのに、対応を『マニュアルにあるから』と言って打ち切っていいのか、という不満が絶対出てくるのはしかたがない。回り回って言えば、警察官を守るということは、市民を守ることにつながるので、市民の理解を少しずつ得ていく必要がある」

池内教授は、「市民の切実な訴え」と「カスハラ」との線引きや、市民への対応に苦慮する警察職員が声を上げやすい環境作りなど策定された「マニュアル」の効果的な運用には、幹部の役割がより重要になってくると指摘しています。

関西大学社会学部 池内裕美教授「市民対応がうまくいかなかったことを上長に報告することによって、自身の出世にもしかすると引っかかるかなと言って、声を上げないような人も出てくる可能性がある。だから特に若い警察官が安心して声を上げられるような、そういった組織を作るのも上の者の責任かな、と思います」

◆警察のカスハラ対策 市民社会への抑圧とならないよう
行政サービスの現場では、主に「税金で養ってやっている」と考える人が理不尽なクレームや度を超えた謝罪を求めるケースが増えているようです。そのような状況の中、人の自由を奪う「逮捕権」など強大な権力を持つ「警察」がカスハラ対策を始めました。
「市民の切実な訴え」を「執ように同じ申し出や要求を繰り返している」と判断することはないのか。「記録に残しておかなければいけない」「警察に不当な捜査を受けている」と思った市民が警察に撮影を遮られることがないのか。警察という特殊な行政機関の「カスハラ」対策には、特に慎重な運用とその内容の公開が求められます。

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