最近、手紙を書く機会は多いだろうか? 電子メールではなく、手書きのものだ。中国の習近平主席はまめに手紙を書く、数少ない国のリーダーとされる。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長は「習主席の手紙から真意が探れる」という。10月18日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。
国営メディアが報じる「手紙の中身」とは
私は、中国の国営メディアのウェブサイトをチェックする機会が多いが、最近とくに「習近平主席が誰々に手紙を出した。その手紙は、このような内容だ」というニュースが目につく。すべてが、誰かからもらった手紙への返信だ。
たとえば今年5月。習近平主席は、中国農業大学の学生に手紙を出した。この学生たちは、キャンパス内で講義を受けたり、研究したりするだけではなく、広い中国の多くを占める農村に入って行って、調査をしているようだ。全国91の町や村に活動拠点があるという。
彼らは、農村での自分たちの活動を報告し、農村の生活水準向上に役立ちたいという決意をしたため、手紙に書いて習近平氏に出したようだ。それに対して、習主席の返信の手紙には、このような記述がある。
「農村の奥深くに分け入ってこそ、どうすれば真実を見いだせるか、どうすれば多くの農民と連携しあえるか――それがわかる。『若い時の苦労は、買って出ろ』とはよく言ったものです。新時代の中国の青年は、このような気概を持つべきです」
学生をねぎらいつつも、精神論のような意味合いを感じる。教育水準の高い若者が都市部から農村へ赴く構図は、習主席自身も経験している。まだ10代の時、都会の青年たちを農村に送って労働させようという「下放」運動によって、北京から貧しい農村に行った。20代前半まで、厳しい環境の中で、農業をしながら過ごした。この手紙には、そんな習主席の実体験が映し出されているように感じる。
農業大学の取り組みは、ある意味、現代版の「下放」。「都市部と農村の格差を是正するために、若者こそ先頭に立て。青白いインテリは必要ない。精神を鍛えろ」--。手紙の形を取りながら、習主席は全国の若者に訴えている。
次も、同じく「苦労をねぎらう」内容だ。国土の西、新疆ウイグル自治区の山岳地帯、パキスタンとの国境に、出国・入国の検査場がある。そこに勤務する税関職員に対し、習主席は返事の手紙を書いた。今年9月のことだ。
「皆さんは、厳しい寒さ、酸素が不足するなど、数々の困難をものともせず、雪の辺境地帯にある国境線を守っています。忠実に、そして黙々と職務をこなし、非凡な成果を生み出してきました」
この税関はクンジュラブという名前の峠にある。「世界の屋根」とも呼ばれるパミール高原の一部だ。標高は富士山よりも高い、4880メートルのところにある。
国境を接するパキスタンと中国は良好な関係だが、「国を守る」第一線。しかも、紹介したような過酷な自然環境にある。これも、パミール高原の税関職員に宛てた手紙というより、習主席の手紙を国営メディアで報道することによって、国民に、国を守ることの重要さ、その任務を遂行する者たちが存在することを、知らしめようという狙いがあるのだろう。
この「苦労をねぎらう」手紙には、ほかにもう一つある。ゴミの分別回収を続ける、上海の住民ボランティアにも手紙を送っている。習主席自身は5年前、このボランティアたちの活動を視察していた。プラスチックやアルミなど資源ゴミの再利用は中国でも求められているが、まだまだ浸透していない。手紙は、啓発するためだろう。
「軍創立百周年の目標実現」鼓舞する国家主席
ほかにも気になる手紙がある。習主席は、中央軍事委員会の主席というポストも兼務している。これは中国人民解放軍のトップだ。その習主席が、海軍の潜水艦部隊の「某グループ」に、返信の手紙を書いた。
「潜水艦部隊は、栄える任務と重い責任を担い、海深く戦います。同志の皆さんが、共産党と人民から寄せられた、大きな信頼を念頭に、任務遂行能力を向上させることを希望します。そして、軍創立百周年の目標実現に、一層貢献することを望みます」
中国の軍隊は4年後、その百周年を迎える。軍拡路線を突き進む中国にあって、気になる兆候の一つが、潜水艦の開発だ。核戦力である、戦略弾道ミサイルを搭載できる原子力潜水艦の能力向上を着々と進めている。一昨年4月には最新型の原子力潜水艦を就航させた。旧型より射程の長いSLBM=潜水艦発射弾道ミサイルを搭載できる。米本土にミサイルが到達しやすくなる。
このうえ、さらに次の世代の原子力潜水艦を開発しているといわれている。これまで以上に、スクリュー音が静かで、どこにいるかを察知しにくい。これを2030年までに就航させるという。
習近平氏の手紙には「海軍潜水艦部隊の某乗組員は、某新型潜水艦の戦闘能力を構築するうえで、重要な力となります」という一文もある。そこから考えると、「某グループ」は、次世代の原子力潜水艦の開発に関係するグループかもしれない。
これらの手紙は、国営メディアによって公開されている。紹介してきたように、手紙を送った相手に、というより、国民向けの情報・宣伝活動の一環という意味合いが強い。書いたのは習氏本人ではなく、共産党の宣伝部門によるものではないだろうか。
すべてを紹介できなかったが、このような返信の手紙を、習近平氏は1か月に2~3通出している。その1通1通に、異なる意図があるように感じる。そして、共通しているのは、国民それぞれに寄り添い、思いやりや、深い関心を寄せるリーダーという“演出”だ。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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