目次
中国が海洋進出を加速させる陰で、その内部に異変が起きている。最高指導機関である中央軍事委員会のナンバー3、何衛東副主席が2か月以上も公の場から姿を消し、国防省のホームページからは活動記録が抹消されるという異常事態。習近平主席の側近とされてきた幹部に何が起きたのか? 東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、5月19日のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、相次ぐ軍高官の失脚、囁かれる汚職疑惑、そして揺らぎ始めたかに見える習近平氏の軍部支配についてコメントした。
石破総理の動静報道と対照的な中国軍幹部の情報遮断
新聞の朝刊には、石破総理大臣が前日どこで誰と会い、どのような会議に出席したかが詳細に報じられます。オープンにされないケースもあるとはいえ、日本の社会では公的組織の幹部の動静は比較的透明性が高いと言えるでしょう。
しかし、もしある国の公的組織の高級幹部の動静が数週間、数か月にわたって全く分からなくなったら、皆さんはどう思われるでしょうか。体調不良であれば説明があるはずですし、病気やケガでないとすれば、「身辺に何かトラブルが起きた」と考えるのが自然です。
日本の社会であれば当然「説明責任」が求められますが、中国においては不都合な真実は秘匿される傾向があります。今日、お話しするのは、中国人民解放軍の最高指導機関である中央軍事委員会のナンバー3の幹部の動静が途絶えているという、尋常ではない事態についてです。
習近平主席の「次の次」、軍の実質ナンバー2が消息不明
中国の中央軍事委員会のトップは習近平国家主席です。習主席は共産党のトップ、国家のトップ、そして中央軍事委員会のトップという「3つのトップ」を兼任し、絶大な権力を握っています。
中央軍事委員会でナンバー3ということは、序列で言えば「習近平主席の次の次」のランクに当たります。全体ではナンバー3ですが、制服組、つまり軍人としてはナンバー2です。中央軍事委員会には2人の副主席がいますが、その1人、何衛東氏が2か月以上にわたって公の場に姿を見せていません。
囁かれる汚職疑惑、相次ぐ幹部の失脚
何衛東副主席の動静途絶の背景には、汚職疑惑が強く囁かれています。しかし、問題は彼一人にとどまりません。現在の中央軍事委員会は、トップの習近平主席を含め当初7人で構成されていましたが、昨年以降、現職の国防相を含む2人(李尚福前国防相、苗華政治工作部主任)が既に処分されています。
もし何衛東副主席も処分されるとなると、制服組6人のうち半数の3人が失脚するという異常事態となります。中央軍事委員会は事実上、軍の意思を決定する機関であり、そのメンバーの半数が処分されるとなれば、その影響は計り知れません。
何衛東副主席は、3月上旬から中旬に北京で開かれた年に一度の国会(全人代)では壇上に並んでいました。3月13日の催しにも出席が確認されていますが、4月に入ってすぐの軍の恒例行事には姿を見せませんでした。公に確認された中では国会出席が最後となったため、中国ウォッチャーの間では「軍の中で何か異変があったのではないか」という憶測が飛び交いました。
ホームページから「消された」活動記録
何衛東副主席が調査を受けているという情報がより確定的になったのは今月に入ってからです。中国国防省のホームページ上から、何衛東氏の過去の活動記録が「消去」されたのです。
ホームページには高級幹部の過去の活動を検索できるコーナーがありますが、「何衛東」と漢字3文字で検索しても、検索結果はゼロ件でした。一方、もう1人の中央軍事委員会副主席の名前で検索すると、視察や重要会議への出席、演説など数百件もの情報が表示されます。
しかし、軍の公式ホームページにある組織図には、依然として軍のナンバー3として何衛東副主席の顔写真が掲載されています。これは、過去の活動は消し去られたものの、現在も調査の対象という段階であり、中央軍事委員会の副主席、そして軍籍を解任されたわけではないためと考えられます。
習近平主席との深い繋がり
その何衛東中央軍事委員会副主席とは、一体どのような人物なのでしょうか。彼は陸軍出身で、一言で言えば習近平主席と非常に近い関係にあるとされてきました。習近平主席は地方勤務が長く、中でも17年間、南部の福建省で働いています。
一方の何衛東氏も、福建省各地の軍組織に長く在籍していました。この福建省での勤務経験が、2人の接点となり、役人と軍人という上下関係の中で親密な関係が築かれたようです。
習近平主席が最高権力者となって以降、何衛東氏は目覚ましい昇進を遂げます。各地の軍組織で出世の階段を駆け上がり、2022年には現在の中央軍事委員会副主席に就任。同時に共産党の中央組織においても、異例の二階級特進で政治局員に抜擢されました。自分の身近にいる人物を重用するという人事は、習近平主席の共通したスタイルと言えるでしょう。
寵愛された側近の「異変」は何を意味するのか
習近平主席の寵愛を受けてきた人物である何衛東副主席の、軍のホームページからの「過去の活動」の抹消。これは一体何を意味するのでしょうか。軍組織は巨大な利権が絡み、莫大な資金が動く世界です。
仮に何衛東氏が過去、あるいは現在において不正に手を染めていたのであれば、習近平主席も庇いきれなくなった、という可能性が考えられます。いかに近しい人物であっても、「切る」「処分する」ことが、習近平主席自身の権力基盤を守ることに繋がるという判断が働いたのかもしれません。
習近平指導部は近年、腐敗の一掃、とりわけ軍における汚職摘発を強力に進めてきました。その結果、軍高官の更迭が相次いでいます。先述の通り、軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会のメンバーだけでも半数が処分された、あるいは近く処分される見込みです。
現職だった国防相もその一人ですが、実はその前任の国防相2人も、巨額の収賄などの罪で党籍を剥奪されており、その事実が公になったのは昨年6月のことです。
揺らぐ習近平氏の軍部支配か
国防相は、日本でいう防衛大臣に相当する要職です。現職を含めて国防相が2代続けて処分を受けるというのは、前代未聞の事態と言えるでしょう。これは、習近平主席が腐敗撲滅に断固たる姿勢を軍内外に示す狙いがあったと考えられます。
しかし、これまで盤石と見られてきた習近平主席の軍部支配にも、それを良しとしない動きがあるのでしょうか。習近平体制に反目する、あるいは距離を置くグループが反撃に出た可能性も否定できません。
現段階では、その真相を断定することは困難です。しかし、不穏な情報も流れています。かつて中国国営メディアで軍の取材に従事し、その後海外に拠点を移して活動するジャーナリストが最近、ソーシャルメディアで軍の内情を次々と暴露しています。
それによると、習近平主席に近いとされる現役の高級幹部8人が既に職務を停止され、調査の対象になっているといいます。その理由はいずれも汚職関連とのことですが、情報の真偽は現時点では明らかではありません。
軍拡の陰で広がる腐敗、中国軍の行く末
領海侵犯に代表される海洋進出を含め、中国は毎年巨額の国防費を投じ、軍拡路線を邁進しています。その一方で、その軍内部で深刻な腐敗が蔓延しているという現実は、深く憂慮すべき事態です。かつての中国軍は、内戦時代や抗日戦争の時代から「大衆から針一本、糸一筋さえも取ってはならない」という厳格な規律によって大衆の支持を得て勝利しました。
腐敗は国を滅ぼすと言われますが、それが強大な力を持つ軍部であれば、その影響は計り知れません。中央軍事委員会の何衛東副主席の処分は、遠からず公になる可能性が高いと見られています。その動向は、今後の中国軍、そして中国政治の行方を占う上で、極めて重要な注目点となるでしょう。
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう
この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。