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「軽々しく扱われてよいわけがない」「守りたい」犯罪犠牲の子供に“やるせなさ”を募らせた元事件記者(64)が選んだのは「保育の道」

1995年の地下鉄サリン事件などの世を震撼させる事件を第一線で取材してきた元新聞記者の男性(64)が、30年以上勤めた新聞社を退職。短大の保育学科に入学しました。初めて弾くピアノに、慣れない図画工作の授業。飛び込んだ子供の世界を一から“取材”する生活が始まりました。きっかけは、子供が犯罪の犠牲になる事件を取材するたびに募らせた“やるせなさ”でした。「子供ってそんな風に軽々しく扱われて良い存在であるわけがない」とこみ上げる怒り。子供を守るために自分に何ができるか。導き出したのは、新たなキャリア。「保育の道」への転身です。

最初は鍵盤で「ド」がどこにあるかもわからなかった


東筑紫短期大学(福岡県北九州市)の教室で、保育学科の講義が行われています。20歳前後の学生たちのなかにスーツを着た男性がいます。緒方健二さん、64歳です。緒方さんは、教員でもなにかの視察でもなく、保育学科の学生です。おととしまで務めた新聞社を退職し去年、短大に入学しました。ピアノの講義に向かった緒方さんは、ピアノに一礼し、着席。両手でピアノを弾きながら童謡・かたつむりを歌います。

ピアノ講義担当・笹部聡子准教授「子供が歌えるテンポで今くらいがちょうど歌いやすいテンポだと思います」

講師から褒められ、ホッとした様子の緒方さん。

RKB大北瑞季「ピアノをもともとされていた?」
緒方健二さん「あるわけがないじゃないですか!根気強く指の運び方から教えていただいて、今の私がございます」
ピアノ講義担当・笹部聡子准教授「最初、ドの位置がどこですか?て感じでしたね。大変かなと思ったけど今はもう自在に動くようになって。努力ですご本人の、それだけです」

ピアノだけでなく授業でも積極的に発言。熱心な勉強姿勢が印象的です。

手遊びや歌、飛び込んだ子供の世界を「取材」?


緒方さんは1回目の学生生活で新聞学を専攻したのち、新聞社に入社。40年以上、主に現場第一線の記者として事件の取材を担当してきました。

緒方さん「警視庁の捜査1課の担当で、1995年3月20日、東京の地下鉄でサリン事件が起きました。そこからはオウム真理教の取材で・・・。人の命を奪う行為への怒り、亡くなられた方への、記者風情が言うべきではないですけど、悔しさむなしさというか」

子供が犠牲になる事件も“あまた”取材してきました。そのたびに感じるのは“やるせなさ”です。子供を見守るべき立場にある教員や保護者が加害者になるケースもあります。「なぜ大人の思惑や事情に巻き込まれなければいけないのか」という思いが、ずっと心にひっかかり続けてきました。どうすれば事件を防げるのか、自分は何ができるのか...記者体験と保育の現場で学ぶことを掛け合わせて、子供が犠牲になる事件をなくすために自分ができることを模索することにしたのです。

緒方さん「子供ってそんな風に軽々しく扱われて良い存在であるわけがない、あってはならないという思いをだんだん深めてまいりまして。子供を守るためにできることはないかと考える中で、子供を守るための技能知識を学んでみたいなと思って入学しました」

こうして踏み出した2回目の学生生活。これまでの人生で経験のないことばかりです。授業では、手で猫のひげを表現しながら手遊び歌を披露することもあれば、ほかの学生に教えてもらいながら折り紙でコマのおもちゃを作ることも。

クラスメイト「親しみやすい感じです。一緒にバドミントンしたりしています」「テスト前に予想問題を全教科まとめてくださって、それを頼りに勉強していつもテストに臨んでいます」「お父さん?お父さん(みたいな存在)」

「この子を幸せにするには?」自分の生き方と重ねあわせて...


2年生の前期には、「オオカミと7匹の子ヤギ」を題材にクラスで演劇を行いました。緒方さんは、オオカミ役。舞台セットの大道具もクラスで協力して制作しました。「子供を守る」目的を達成するために、緒方さんは保育の現場に飛び込み「現場」を取材しているようです。

寺本普見子保育学科長「緒方さんは努力家です。頭が下がる次第です。私たちも、勉強になるなと思っています」

喜んでもらうため、慣れない裁縫や図画工作にも取り組んできました。

緒方さん「実習に臨むようにというお達しがあるんです、そこには必ず子供がわかるような名札を作りましょうというのもありまして」

そう言いながら緒方さんが見せてくれたのは、フェルトで作った動物と「おがた」と書かれた手作りの名札。猫をイメージし、2日間徹夜して作ったと言います。慣れない裁縫でつくった名札は「猫にみえず不出来で心配だった」と言います。名札をみた教員は「出来映えは何でもいい。猫にみえなくてもいい」と緒方さんに伝えました。子供と緒方さんの間で「これは何の動物に見える?ブタかな?」などと会話が生まれる。この会話が生まれることそのものが大切なのだと教わったのです。

実習では、児童相談所に一時保護される子供たちと接することもありました。大学の教員は「子供たちは保護されしばらく時がたった後、家に帰るか施設に移るか自分で決めなければなりません。過酷な選択です」と児童相談所の実相を講義で伝えたといいます。来年3月には短大を卒業する緒方さん、4月からは ”保育の道”に進みます。

緒方さん「千差万別の子供たちと接していると、この子たちを幸せにするためにどうしたらいいのかと考えます。子供の最善の利益を実現するために、子供の命を守るためにできることはすべてやって、自分の生き方と重ね、できる事を模索していきたいと思います」

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この記事を書いたひと

大北瑞季

1994年生まれ 愛知県出身 主に福岡・佐賀での裁判についてのニュース記事を担当。 プライベートでは1児の母であり、出産や育児の話題についても精力的に取材を行う。

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