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【江戸ことば~その3】驚がく“名詞の動詞化”銘酒「剣菱を飲む」は何と言う?

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RKBラジオ『サンデーウオッチR』で、不定期で紹介している「江戸ことば」は、3回目(202年1月5日)の放送。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が愛読する『江戸語の辞典』から、現代と同様に名詞に「る」を付けて動詞化してしまう当時の若者言葉を紹介した。

「ちっぷかっぷと笑ってらあ!」

下田文代アナウンサー(以下、下田):神戸さんといえば、江戸ことば。江戸時代に町民たちが使っていた、いなせな言葉ということでしょうか?

神戸解説委員長(以下、神戸):はい。今日は、この言葉からいきましょうか。「ちっぷかっぷ」。

下田:チップカップ? ……あんまり言わない。

神戸:言わないでしょ。何のことかなと思ったら、「沸騰する音」。

下田:何か、ちょっとモダンね。外来語みたい。

神戸:『江戸語の辞典』に用例で出ていたのは、文化13年(1816年)のこんな例。「あれ、茶釜がちっぷかっぷと笑っていらあ」。

下田:はー、かわいいですね!

神戸:かわいいでしょ。ちっぷかっぷと「笑う」んですよ。よくないですか?

下田:いいですね、朗らかな。

神戸:茶釜が笑うんですよ、ちっぷかっぷと。沸騰してる茶釜を見て、コトコト沸いていることを、庶民が表現する時に使っていた。これ、結構気に入っている言葉なんです。正月っぽい、冬っぽい感じがしますね。

寺子屋の時代に使われた言葉

神戸:正月だから、こんなのもあります。「年強」。

下田:としづよ? うーん……。年の「勢いがある」ということ? 何だろう?

神戸:1月から6月に生まれた人たちのことを「年強」と言います。

下田:どうして?

神戸:逆に、7月から12月までは「年弱」。

下田:後半の人は嫌ね、弱いって言われて。

神戸:当時は年度じゃなくて、1月から12月で考えるでしょ? 1月が一番早いじゃないですか。12月に生まれたら、数え年だから、年明けには2歳になっちゃうんです。1歳が1か月もたたずに終わるんですよ。

下田:そうですね。

神戸:1月生まれだと、丸々1年経っている。同じ年の生まれでも、1歳児と生まれたばかりの子が数えで同じ2歳。1月から6月までは大きくなるから「年強」、7月から12月が「年弱」と言ってたんだって。

下田:へえー。

神戸:この『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)を読んでて、「なるほど、そりゃそうだろうな」と思いました。さて、こんな言葉もあります。「寺友達」。

下田:てらともだち……テラトモ? 何か、寺に集うこと?

神戸:何で、寺に集うんでしょう?

下田:そのエリアに居住している……から。

神戸:うーん、どうして「寺」と言っているかだな。実は、寺子屋。

下田:ああ、じゃ、学び舎をともにする……。

神戸:そう! 寺子屋に来てる子供たちが、「あいつとは寺友達だぜ」。

下田:へえ、本当?!

神戸:今で言えば、同じ学校に通っていること。まあ年は違う子もいっぱいいるでしょうけど、例えば大人で会った時に「あいつとは寺友達でよ」なんて言い方をしたんだと思います。

下田:お寺を中心に、生活とかの学びとか、成長を感じるような言葉ですね。

神戸:寺子屋は、寺でやっていることも多かったんですけど、普通の民家でやっていることもありました。江戸は、非常に勉強する時代なんです。文字を庶民がこんなにしゃべれる、書けることに、幕末に来た欧米人たちは驚いていたんですよ。それは、寺子屋で子供の時から学んでいたからです。その仲間のことを「寺友達」。

下田:いいですねー。

神戸:学びたい時に来て、学ぶ形。私塾みたいなもんですけど、それが明治になってから、小学校に変わっていくわけですね。

「真っ赤なお鼻」の酔っ払い

神戸:「酒錆」。

下田:さけさび? 酒の肴とは違う……。

神戸:さかなじゃないなあ。人の顔が、酒サビみたいに。

下田:えー、真っ赤になる?

神戸:そうそう! アルコール中毒で、鼻の頭が真っ赤っ赤になっている人のことを「酒錆」と言っているんです。

下田:酒焼けみたいな。

神戸:錆と表現するの、よくないですか? 錆びついてるんだって。

下田:ははは、ひどい(笑) 酒錆にならないよう気をつけないと。

神戸:正月に飲みすぎて酒錆にならないよう。あまりお酒を飲みすぎると、こんなことを言われるかもしれません。「ぎみがま」。

下田:ぎみがま? 何なんでしょうね……。

神戸:似たような言葉があるでしょう?

下田:がま?

神戸:がみがみ。

下田:がみがみ?

神戸:「口ややかましく、とがめ立てすること」を「ぎみがま」と言います。

下田:へー、言いにくいわね。

神戸:「ぎみがま」の類義語、同じ意味の言葉に、「がみがみ」「ぎみがみ」と上がってて。今だったら「ガミガミ怒る」と言うじゃないですか。それが、「ぎみがま怒る」だったり、「ぎみがみ怒る」だったり、いろいろあったらしい。

下田:へー!

神戸:生き残ったのが「がみがみ」だけ。「ぎみがま怒る」。

下田:これ、語源って何なんでしょうね。

神戸:なんなのかな? でもガミガミだって分からないでしょ。

下田:確かに(笑) 当たり前のように使ってて。

神戸:何か噛み付いてるようなニュアンスがありますね。「がみがみ」も「ぎみがま」も「ぎみがみ」も。なんか噛みつかれるような。

下田:そうだね。ガミガミしないようにしましょう。

神戸:あまりお酒を飲むと、「ぎみがみ言われる」かもしれません(笑)

お江戸の町に100均が

神戸:次はちょっと色合いの違う言葉で、こんなのはどうかな。「十九文店」。

下田:じゅうくもんみせ? 100円ショップみたいな?

神戸:おお! その通りです。「19文均一の品物を売る店。江戸中期に始まると言う」。

下田:へー!

神戸:19文を払えば買えるものばかりを揃えた店が、江戸時代の町にはあった。まさに100円ショップですよ。

下田:20文じゃなくて、1文少ない。

神戸:99円ショップみたいですね。

下田:ははは、確かにそうですよねー。どんなものが置いてあったのかな。やっぱり日用品ですかね?

神戸:小間物とか日用品が多かったんだろうと思うんですけど、辞典だけではどんなものかはわからない。だけど「十九文店」と言われた店があった、ということに僕は「はー! 100均じゃないか!」と驚いたわけですよ。現代とすごく近い感じがするんですよね。

江戸時代に「タクる」とは?

神戸:じゃ、「現在と近い」なら、これ! 「猪牙る」。

下田:ちょきる……何か、カットするのか?

神戸:チョキチョキ? 猪牙というのは、今は馴染みはないんだけど、小舟のことを猪牙船(ちょきぶね)と言ったんです。今の東京は首都高速が走りまくっていますけど、そこはお堀だったり川だったり。江戸は、水の町でした。そこを走る猪牙船に乗って、吉原に行ったりするわけです。つまり、猪牙船に乗ることを「猪牙る」と。

下田:ちょっと(笑) それって、現代でも言ってますよね。

神戸:タクシーに乗る時に。

下田:「タクる」とか?

神戸:あまり言わないけど、言ってた人いましたよね。その「タクる」と同じなのが、「猪牙る」。この乗り物に乗って行っちゃおうぜ。「おい、ちょっと猪牙ろうぜ」って。

下田:本当?

神戸:今と変わらない。こんなのもあります。「所作る」。

下田:しょさる? 「所作」って……

神戸:「所作る」は、踊るということです。所作は、「所作振る舞いが美しい」という言い方をするのに使う言葉ですよね。それを動詞にしちゃうと、「身の振る舞い」とか「踊り」という意味で、「所作る」。動詞化する。「さてここは一番、わしが所作ろうか」みたいな感じで使うのかな。

下田:名詞に「る」を付けて動詞にする。今も「ググる」とかそういう言い方しますね。Googleで調べものをする。

神戸:全く同じですね。

下田:タピオカを飲むことを「タピる」。もう今は廃れてるかもしれないけど(笑)

神戸:ははは。それは辞書に残らないでしょうね。でも『江戸語の辞典』には、「猪牙る」も「所作る」あるんですよね。

おじさんが怒ったであろう若者言葉

神戸:で、こんなのもあります。「けんびる

下田:ケンビ? 何でしょうね……。才色兼備。

神戸:あ、そうじゃなくてね、剣菱。お酒の銘柄。

下田:ああ、ありますね。

神戸:剣菱って、江戸後半に超人気のお酒だったんです。高い酒の「剣菱」を飲むことを……。

下田:「剣菱る」?

神戸:と言った。

下田:今だったら獺祭、「だっさいる」?

神戸:むしろ分かりにくい。「酒は剣菱じゃなきゃ!」みたいな時には「おい、剣菱ろうぜー!」。「けんびろう」っておかしいよね。

下田:おかしいよねえ。でも、現代の人も言ってそうなことを、江戸時代から言ってるんですねえ。

神戸:意外と人間って、行動の原理はやはり変わってないところもあるんですね。初回にお話ししたのは「天地替え」。前後を変えて「そば」を「ばそ」と言ったりしたのと、この「猪牙る」「所作る」というのも、今と全く同じでしょ。

下田:そうですよね。

神戸:若者のはやり言葉を「おかしい!」とおじいさんが怒ったりしているんです。

下田:「乱れてる!」と。

神戸:そうそう、それも一緒。

下田:江戸時代でも、「ちょっと最近言葉乱れてねえか?」みたいなことだった。

神戸:「当世の流行り言葉ばっかり使うんじゃねえ!」みたいな言い方をしてたようですよ。人間は意外と変わらない。

下田:変わらないですね。粋な言葉もたくさんありまして、そして語源も知ることができて、楽しゅうございました。

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。