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毛利甚八・やなせたかし…故人から未来を生きる人たちに託されたメッセージ

潟永秀一郎

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元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは、今年4月に急逝した大宮エリ―さんをはじめ、多くの著名人・文化人と親交があった。5月23日に出演した『立川生志 金サイト』では、漫画『家栽の人』の原作者・毛利甚八氏や漫画『アンパンマン』の作者・やなせたかし氏たちから受け取った大切なメッセージを紹介。「現代社会が抱える問題への警鐘、そして未来を生きる私たちへの温かいエールが込められている」と語った。

漫画家・毛利甚八氏の問いかけ

私は大宮エリーさんを亡くした痛手を、まだ引きずっています。そのせいか、今はもういない方々のことを思い出すことが増えました。そこで、一緒に仕事をしたときの記事や記録を読み返したんですが、全く色あせていないどころか頷くことばかりで、「そうかぁ、だから思い出すんだ」と胸に迫ってきました。そこで今回は、こんな世相だからこそお伝えしたいメッセージを、「託されたもの」として紹介します。

一人目は、家庭裁判所の裁判官を主人公にした漫画「家栽の人」の原作者、毛利甚八氏です。「家栽の人」の主人公は、植物を愛する家庭裁判所の裁判官。彼は担当する少年審判などを通じて、草花を慈しむように愛情を込めて少年と接し更生を促す一方、事件の背景にある社会や大人の問題までも問いかける名作です。法律に関わる人たちにもファンが多く、これを読んで司法試験を目指す若者が出たほどです。累計500万部を超えるヒット作で、TBSで3度ドラマ化されました。

その後、毛利氏は「現実にはこんな判事はいない」と連載を中断し、ルポライターとして少年事件や原発問題などを取材する傍ら、少年院の篤志面接委員として少年たちにギターを教えながら更生を支援しました。長崎県佐世保市の出身で、私はライターとなった後の毛利さんと知り合い、ルポをお願いしたり、小料理屋を舞台にした漫画「のぞみ」の原作を依頼したりして、それらをサンデー毎日に連載しました。本当に誠実な方で今も尊敬していますが、ちょうど10年前、移り住んだ奥さんの故郷・大分で、がんのため57歳で亡くなりました。

毛利氏の言葉を今改めて思い出すきっかけとなったのは、相次ぐ少年事件です。今月9日に愛知県田原市で発生した祖父母殺害事件では16歳の高校生が、11日には千葉市で起きた通り魔殺人事件では15歳の中学生が逮捕されました。いずれも「人を殺してみたかった」と供述しているといいます。

また、少年事件ではありませんが、7日には東京メトロ東大前駅のホームで、電車に乗り込もうとした大学生が突然刃物で切り付けられ、43歳の男が殺人未遂などで逮捕される事件もありました。男は「教育熱心も度が過ぎると子どもが犯罪をおかすようになると示したかった」などと供述していると報じられています。

まだ審判も裁判も始まっていないので、実のところ動機も背景も不明ですが、これらの事件を受け、私は改めて、17年前に毛利さんと、「毎日かあさん」の作者で漫画家の西原理恵子さんのお二人にお願いした対談を読み返しました。テーマは「思春期の子育て」です。まず、少年院で少年たちと交流を重ねてきた毛利さんは、こう話しています。

毛利:僕は別に彼らの内面に入るわけじゃないので、少年院に出入りして分かることはただ一つ。『ほかの子と全く変わらない』ということだけ。少年院にいる子は特別だとか、みんなそう思ってると思うけど、それはないです。

つまり「あの子がなぜ?」は、どこにでも起こり得ることなんですね。それから、親子関係について二人はこう話していました。

毛利:こじれてる親子は、母親が子どものストーカーになっている場合が多い。父親不在で、お母さんは夫への愛情が息子に行くわけです。

西原:母親はきついですよ。だって、子どもが何かしでかしたら全部母親のせい。24時間365日頑張って、ほめられない、休みもない。それで、子どもと共依存して共倒れしちゃう。

毛利:子どもにブチ切れるようになったら、親子関係は煮詰まってるから、ちょっと深呼吸。仕事でもカラオケでも、外に出た方がいい。そしたら大したことじゃないと分かるから。

また、父親についてもこう語っています。

毛利:非行で悩んでいるお父さんの多くは、思春期に突然子育てに介入している(ことが多い)。子どもはもう親を突き放しているのに、そんな時に入ってきても、もう遅い。3歳から7歳の、父親ってダメなやつって分かる前の時期にコミュニケーションを取っておかなきゃ。

毛利:思春期には、子どもは親を軽蔑(けいべつ)してナンボ。親を嫌いにならないと、自我なんてできない。『俺はこういう人だよ』はいいけど、『お前はこうしろ』というメッセージはやめた方がいい。子どもは未完成で当たり前。20歳(はたち)くらいまでぼんやりして、ぐちゃぐちゃしてて。俺もそうだったと、お父さんは誰よりそれを理解して、大切にしてあげてほしいなぁ。

仕事ばかりで子どもたちに軽蔑されていた私は、胸が痛くて、メモを取りながら顔を上げられなかったのを覚えています。受験のこともそうです。

毛利:僕はどうしてみんな何かのコースに乗って、未来を確定しようとするのかよく分からない。この学校に行ってこう頑張ると、いい大学を出て、いい就職して、とか。そういうコースを漠然と思ってて、外れそうになるとギョッとする。

毛利:日本のサラリーマンって、自己肯定できない人が多いでしょ。親が楽しそうだったら、『40歳になっても楽しく生きられるんだ』って最大のメッセージでしょ。なのに親が自分の身をすり減らして、『いま頑張れば未来は明るい』なんて言いながら、電車に乗っている大人は皆、楽しくなさそうで。これはかなり大きな問題だと思う。

このとき私は「そうかぁ」とハッとしました。一番身近な大人は親で、それが毎日楽しくなさそうだったら、子どもは未来に希望は持ちにくいよなぁと。「明るく仕事をしよう」「少なくとも楽しそうにしていよう」と思ったのを覚えています。できていませんけど(笑)。余談ですが、沖縄県が出生率も、県外に出た若者のUターン率も、全国で一番高いのは、さまざま理由はあるでしょうが、「大人が楽しそうだ」ということは結構大きいんじゃないかと思っています。

やなせたかし氏から学んだ「くじけない心」

もう一人、漫画『アンパンマン』の作者・やなせたかしさん。12年前に94歳で亡くなりましたが、私がはじめてお目にかかったのは、その8年前、やなせさんが86歳のときでした。とにかく明るく楽しく、そして優しい人柄でした。入退院を繰り返しながらも、病院の子どもたちを勇気づけたいとチャリティを企画し、「自分も楽しみたいから」と音響セットを購入したというエピソードもあります。

徴兵されて終戦翌年に帰還、くず拾いの会社などで苦労も経験し、高知新聞勤務などを経て三越に入り、仕事に追われながらも漫画家の夢を捨てず、描き続けました。「アンパンマン」がテレビアニメになって大ヒットするのは69歳の時です。

やなせ:生きていくっていうのは、満員電車に乗るようなものでね。その中で席を見つけるということなんですよ。頑張ってずーっと乗ってると、いつの間にか1人、2人と降りていく。『わあっ、あそこ空いた』って(笑)。満員でも、無理矢理乗っちゃうんです。やめたらダメ。降りたら終わり。あきらめさえしなければ、貧乏でも何でも、必ず糧になる。後で考えると、やっぱり何かにつながってる。必要なんだ。

私はずっとこの言葉を胸に刻んでいます。

現代の子どもたちへの懸念

やなせさんは、現代の子どもたちの世界について胸を痛めていました。

やなせ:犯罪とかがあって、子どもが外で遊べなくなったのもかわいそうだけど、オートロックとか、家庭自体が隔離空間みたいになっているのも、かわいそうだと思う。家にいろんな人が出入りしなくなったでしょう。『育つ』って、人と接していないとね。

この言葉から20年が経ち、現在はSNSを通じて、危険な人と繋がってしまう社会になりました。子どもたちを守りながら、いかに人と接し、自然や美しいものに触れる機会を作っていくか。私たち大人に課せられた課題はますます大きくなっていると感じます。

大宮エリーさんからは、「うまくできなかったら恥ずかしいとか、つまらないプライドで、やったことがないことに挑戦しない」勇気のなさや、「相手が求めることに、みっともないくらい精一杯応える」大切さを教わりました。多くの故人から託された学びを、これからも様々な機会を通じて伝えていきたいと思っています。

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この記事を書いたひと

潟永秀一郎

1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。