人口107万人ピークに減少し約92万人に~5市合併と人口推移「北九州市60周年」

5つの市が合併して誕生した北九州市は、来年2月に市制施行から60年の節目を迎えます。シリーズでお伝えする「北九州市60周年」、1回目は人口の推移とともに5市合併の歴史を振り返ります。

 

合併は1963年2月10日

RKB浅上旺太郎「九州で初めてとなる政令指定都市・北九州市は、来年2月に誕生から60年を迎えます」

陸と海の交通の要衝・門司市。商業の中心・小倉市。日本一の石炭集積港・若松市。官営八幡製鐵所でにぎわう八幡市。響灘と洞海湾に囲まれた工業都市・戸畑市。北九州市は1963年2月10日、5つの市が合併して誕生しました。

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合併で人口103万人に

当時、5つの市を足した人口は103万人で、「九州初の100万都市」となりました。あれからまもなく60年、街はどう変わったのか。合併当時の北九州市を知る人たちに話を聞きました。

戸畑区の人「合併は良いと思いますね、戸畑市だけでは今のような発展はないでしょう」
小倉北区の人「100万都市になるということは、夢が大きく広がるなという感じはしたと思います」
門司区の人「若い人が盛り上がったね、それから北九州は本当に発展したんだから」

合併前年に完成「若戸大橋」

合併当時を知る市民に印象に残った市の出来事を聞いたところ、戸畑区や若松区の人は北九州市が誕生する前年に完成した「若戸大橋の開通」を挙げました。今年、国の重要文化財に指定された「若戸大橋」。竣工当時、「東洋一の吊橋」と称された北九州市のシンボルは、戸畑と若松をつなぐ重要な幹線道路で、2018年には念願の無料化を実現しました。

若松区の人「自由に向こうの門司のほうやら、遊びに行けるからですね、それは感謝しています」
戸畑区の人「エレベーターで上がって歩いて、歩道があったんですよ。ちょっと怖かったね、海が見えるからね」

「門司」や「若松」の人からは・・・

一方で、合併についてはこんな意見も・・・

八幡東区の人「北九州自体が大きくなったから基本的には良かったなと思いましたが、若松とか門司とかだんだんさびれましたもんね、端と端はね」

合併した直後の1963年10月と今年9月の推計人口を比べると、門司区は4割ほど、若松区は3割近く減少しました。実際に、門司区や若松区で話を聞いてみると・・・

若松区の人「若松は死んでしまいましたね。小倉の方がにぎやかで食事する場所もない」
門司区の人「山城屋っていうデパートがあったんですよ、それがなくなって、門司港はだんだん落ち目になってね。今は全然落ち目やけんね」

旧小倉市では人口が約2割増

一方、旧小倉市である小倉北区と小倉南区をあわせた人口は、2割ほど増えています。

小倉北区の人「小倉が中心になって、4区(旧4市)が寂れたのがね、デパートが少なくなった。北九州の中でも一極集中になったから、そこが残念」

人口は約92万4000人に(2022年9月)

北九州市全体の人口も1979年の107万人をピークに、この40年余り減少の一途をたどり、今年9月には約92万4000人となりました。「鉄冷え」と呼ばれる製鉄業の衰退に加え、大手企業の本社や国の機関も、福岡市に相次いで移転しました。65歳以上の人の割合を示す高齢化率も市全体で31.3%と、政令市で最も高くなっています。

戸畑区の人「心配しとるよね、いつも福岡の話を聞くと腹がたつんよ、福岡は何もせんでも良くなる。どうやったらよくなるんやろうね」

最近は、企業の誘致やスタートアップ企業の創業支援などを進め、若者の雇用創出に力を入れる北九州市。福岡市の一極集中が進む中どんな未来を描くのか、その取り組みが注目されます。

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