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戦争コミックの大傑作「ペリリュー」スピンオフ外伝・新聞に一面広告も

「戦争の記憶を語り継ぐのは、難しい」。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員はそう語る。その一方で、戦争を伝える手段として、コミックの可能性について熱く語った。  

全面広告で外伝発売を知らせる

7月29日の朝日新聞に、大きな漫画の広告が出ました。漫画は「ペリリュー 楽園のゲルニカ」。1年前にこの番組で紹介した作品で、11巻で完結しています。広告のコピーにはこう記されています。

もし彼らが、今の時代に生まれていたら。

大学に行って、好きなことを勉強していたかもしれない。

二日酔いで、授業をサボる日もあったかもしれない。

彼女と遊園地に行って、お揃いのカチューシャをつけていたかもしれない。

SNSで、仕事の愚痴を呟いていたかもしれない。

同期とカラオケに行って、朝まで歌い明かしていたかもしれない。

今日も、なんでもない一日を過ごしていたかもしれない。

 

そして彼らだって、戦争に、興味なんてなかったかもしれない。

 

違うのは、生まれた時代だけ。

私たちと変わらない普通の若者たちが、何を想い、戦場を生きたのか。

今こそ、すべての人に知ってほしい。
なぜ1年後に、こんな大きな広告が出たか。「ペリリュー―外伝―」の1巻が出たという広告なんです。かわいい3等身の登場人物です。顔が大きくて、ドラえもん系。戦争なので、非常にハードな内容が多いんですけど、それを見てもらうためには、親しみやすいキャラクターにしないと無理なのではないかと、作者はおっしゃっていました。想像力を持って戦争を語る、という面に大きく関係するかなと思います。

戦争コミック「ペリリュー」とは

ペリリューというのは、島の名前です。日本から南へ3000キロ、太平洋上のパラオ共和国の小島の一つで、当時日本の統治下にあり、日本軍の飛行場があって前線基地となっていました。1944年9月に米軍が上陸して、2か月間の激闘の末、玉砕しました。

 

この漫画が描くのは敗戦の1年前から。米軍の上陸の後、生き残った人たちがどうやって生きていたか、戦ったかという話です。ほとんど全滅、玉砕しているのにも関わらず、生き残った人はいます。軍としてはもう行動できていないんですが。上陸した米軍に忍び込んで、食料を盗んで生き延びる。もちろん死者も出ています。時々米軍の掃討作戦などもあります。そういった過程をずっと長く描いていくわけで、玉砕戦を描くというよりは、その後の主人公たちの生き方を描いています。

 

主人公は漫画家志望の「田丸」君で、絵を描くのが大好きで、臆病で、全く戦いに向いていません。親友の「吉敷」君は判断能力が抜きん出ていて、いつも主人公をかばって、勇敢で正義感があって。この2人が軸になっていくんですけど、他の人もいっぱい出て、群像劇に近いんです。

外伝で描かれたペリリュー島民たちの思い

今回の外伝は、描けなかったところ、登場人物の1人1人が戦争前にどんな生活をしているのかなどが見られます。さらに、戦争最中の日本軍側から11巻をかけて描きましたけども、上陸したアメリカ兵の視点も描いています。また、その島で元々暮らしていた島民はどんな風に戦争に巻き込まれていったのかも。

 

スピンオフの「外伝」として非常によくできている。でも、書いている内容はかなりハード。「ペリリューの外伝が出ている!」と思って、喜んで読んでいたのですが、ちゃんと覚悟して見ないといけません。リアルな戦争を優しく描いている。「想像力」を持って戦争を語り継ぐ、という一つの役割を果たすんじゃないかなという気がしているんです。

 

その中で、面白い言葉がありました。ペリリューで暮らしていた島民が、米軍が来るときにどうするか。

 

ある男性が、「俺たちは軍属(=軍属兵隊の下で働く人々)としてこの島に残ります」と。妻のお父さんは「お前たち、何を言ってるんだ?」。男性は、ペリリューは俺たちの島、だから守りたい。父親は「…それがどれほど危険なことかわかっているのか?」と言います。若者たちは一斉に「よそから来た人たち、つまり日本人がこの島で戦うのに、俺たちがただ逃げるなんて」と言って、残る。そして、日本軍と共に戦って、玉砕してしまうんです。なぜなのか。この人たちは、生まれたときから日本語をしゃべっているんです。

 

日本語を使いながら育った人たちが、日本軍と一つの価値観を共有していくし、共に戦いたくなるということも事実としてあったんだろうなと思います。日本統治下に置かれてそこで育った、南洋の現地の人たちは、日々を日本人と一緒にいる中で、親しみももちろん持っている一方で、侵略者としての統治があったところももちろんあるわけで、一概には言えませんが、ただ身近にいたということ、それから言葉が日本語だったということがとても大きいかなと思います。そしてこの人たちはみんな巻き込まれて亡くなっていくわけですが、それを悲しむ妻の物語がこの外伝の中に入っています。

「ペリリュー」11巻で描かれた実話

こういった内容はやっぱり、人の心に刺さってくると思います。「ペリリュー」の作者も今の時代、どうしてこれを語ることができるのだろうか、伝えることができるんだろうかということを考えているんですが、実は11巻にこんなシーンが出てきます。生き残った1人を、後世の人たちが訪ねていくんです。

「はじめまして、お電話しました漫画家の幸田一(ハジメ)です。本日は、もしよろしければ、ペリリュー戦についてお話を伺いたく」
すると、この漫画に出てきた当時は若かった兵士、今はおじいさんがこんなことを言います。

「漫画…話を聞けば、体験していなくても描けるとお考えですか?漫画に限らず、小説も映画も、戦争を扱ったものがありますが、私はああいうものが嫌いです。あなたが、ペリリューについて漫画を描くことは、あなたの自由だ。(主人公の)田丸は協力しているようだが、私は一切、無関係ということにして頂きたい」
と拒絶するんです。これもこれで、本当だなあと思います。これを聞いた人は、「根本を否定されてしまいましたねぇ」と漫画の中でつぶやいています。

「しかし取材は拒否されましたが、電話の段階で断れば良いことを直に会って伝えて下さった訳で、これはこれで、大事なお話を聞かせて貰った気がしています」

「俺も、本心を話してくれているように思いました」
実は、この漫画家さんたちの実話なんですよ。話してくれる人もいましたが、拒否する人もいました。だって、「本当の意味が伝わるわけがない」「あんな悲惨な現場を、口で語ったところで何がわかる」と。

 

今はPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉がありますが、戦争で心を病んでしまっている方はかなりいらっしゃいます。思い出すこと自体を非常に苦痛に感じる人たちも。そして、自分だけが生き残ったことに対する罪悪感、申し訳なさ、フラッシュバック。そういった中で、戦争体験者が口を閉ざしていく。

戦友会が果たす役割について考える

「戦友会」。戦争に行った人たちが部隊ごとに集まる同窓会のようなものですね。私は若い頃、戦争を懐かしんでいるような気がして、そういう話を聞くと嫌な気分になっていたんです。「あの当時はよかったなあ」「同じ釜の飯を食ったなあ」なんて懐かしんでいるのは、どうなんだろう。戦争を起こしてしまったわけだし、そのことを懐かしんでいいのかなと考えたことがありましたが、おそらく「その当時のことは僕らにしかわからない」と思っている人たちが集まる会でもあったかもしれませんね。

 

子供に語ることもきつい。妻に語ることが難しい、孫にはとても話してもわかってもらえない。当時のことが、話さなくてもわかるのは、一緒に戦争を体験した仲間だ。戦友会はそんな役割も果たしたのかなと思います。

 

この夏に読んだ新聞の投稿ですが、戦友会に行く自分の父親(だったか祖父だったか)を、嫌な目で見ていた。ところがその人は、戦争時に非常に無惨な命令を下して、生き残って金持ちになっている上官に対して、「お前たちのせいで酷い目に遭った」と言いに行くために戦友会に行く。記事を読んだ時に、「はー……」と思いました。知らないことが多すぎます。

 

しかし、語り継ぐのは難しいけれど、それでも「ペリリュー」という漫画はできたわけです。その中には、全てではなくても、ある程度の真実が盛り込まれている。フィクションだからこそできること。当時撮影をしていたとか、文章に残っているとか、そういうことだけじゃなくて、その場にいた人間の立場を本気で想像していた時に生まれる物語というのは、実はより真実に近づく可能性があると思うんです。

 

漫画は11巻、今回出た外伝1巻。非常におすすめだと思います。編集部に電話したら「アニメ化も検討している」とおっしゃっていました。どんな風になるんだろうな。ドキドキします。

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