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“20代の父と53歳の娘”が50年の時を超えデュエット!?

アフリカンアメリカンに最も愛されるクリスマスソングといえば、ダニー・ハサウェイの「This Christmas」。これまで100曲以上もカバーされたと言われるこの名曲だが、この冬「最も待望されたカバー」がリリースされたという。音楽プロデューサー・松尾潔さんがRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。  

アフリカンアメリカンに最も愛されるクリスマスソング

僕の大好きなアメリカの黒人音楽、ソウルミュージックは、冬に聞くのが最高なんです。それにはちゃんとした理由があって、ゴスペルと言われている教会の宗教音楽がルーツだから。その最大のイベントであるクリスマスは12月ですよね。だからソウルミュージックの世界には、クリスマスの時期にぴったりの曲がたくさんあるんです。

 

そんな中でも、とくにアフリカンアメリカンの間で、クリスマスソングとして突出して愛されているのがダニー・ハサウェイの1970年の曲「This Christmas」です。ちょっと日本ではハードルが上がるというか、日本だとクリスマスにイメージするのが、ホワイトクリスマス、つまり白いイメージが強いんじゃないかと思うんですね。だからアフリカンアメリカンのクリスマスソングにはなかなか発想が結びつかない。

33歳で自ら命を絶ったダニー・ハサウェイ

このダニー・ハサウェイという人物は、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、スティービー・ワンダーと並んで「ニューソウル四天王」と言われていて、1970年代、ベトナム戦争の時代に、それまでシングル盤がメインだったソウルミュージックの世界で、アルバムの長い尺で社会的なメッセージを込めて、商品というよりも作品として世の中に届けてきた一人です。

 

ダニー・ハサウェイは4人の中でも特にアカデミックなイメージで知られていました。名声をつかむのも早くて、ロバータ・フラックと一緒に歌った「Where Is The Love」でグラミー賞最優秀ポップボーカルパフォーマンスを受賞したのが27歳のときです。

 

前途洋々の音楽キャリアをスタートさせたかに見えましたが、彼は繊細で大変悩み多き人でして、1979年、33歳のときに自ら命を絶ってしまったんです。さっき日本ではあまりなじみがないと言いましたが、世代の近いスティービー・ワンダーと違って、早く世を去ってしまったからというのも理由の一つかもしれませんね。

100曲以上ものカバー曲・ファンが最も待ち望んだのは…

ただ「This Christmas」は、ずっと繰り返し歌われてきて、いろんな人たちにカバーされました。一説には100曲以上のカバーバージョンが存在すると言われていて、それは紛れもなく、アフリカンアメリカンが生み出した最高のクリスマスソングだということを証明しています。どんな人たちがカバーしているかというと、同じ黒人ミュージシャンであれば、モータウン・レコーズのダイアナ・ロスやテンプテーションズ、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、最近の人気者だとクリス・ブラウンとか。

 

でも、ダニーの人生を知る人が、いちばんカバーしてほしいと思っていたのは彼の娘でシンガーになったレイラ・ハサウェイです。「彼女がいつか歌ってくれたら」って、潜在的に思っていたんです。

 

レイラ・ハサウェイは、1968年生まれ。「This Christmas」が世に出たときはまだ2歳でした。父親を幼いときに亡くし、大人になって父親と同じ歌手という人生を歩んでいます。今年53歳のレイラ・ハサウェイも、日本ではそれほど知られていないかもしれませんが、グラミー賞を何度も受賞していますし、ボストンにある名門・バークリー音楽大学で名誉博士号を与えられたぐらいの人です。

50年の時を超え父娘がデュエット

レイラはデビュー当時から「機が熟したら父親のカバーもやってみたいわ」って言っていたんですが、それが今年のクリスマスシーズンに、生前の父親のボーカルのデータを掘り出して、親子で擬似的にデュエットするという形で具現したんですね。53歳の娘が、父親の20代のときの歌声に声を合わせるという、私たちからすると、泣けて泣けて…っていうようなものがようやく実現したんです。

 

このデュエット、心が温まるような仕上がりになっています。比較的オリジナルに忠実な仕上がりでもありますし、2022年の音にアップデートされているのに、懐かしさが失われていないという、大変難しいことをスムーズにやっています。

 

こんなふうに擬似的に、亡くなった父と遺された子供がデュエットするというのは、今回が初めてではありません。有名なところではナット・キング・コールの「Unforgettable」に娘のナタリー・コールが擬似的にデュエットしてグラミー賞を獲得しています。日本でも坂本九さんの生前の歌声に、娘の舞子さんがデュエットした「上を向いて歩こう」があります。

 

そういった“テクノロジーによって本来叶うはずがなかったデュエット”は、僕は歓迎しています。このデュエットバージョンを聞いて、興味を持たれたらぜひダニー・ハサウェイがソロで歌っているオリジナルのバージョンも聞いていただきたいですね。

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