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春節恒例「中国版・紅白歌合戦」から見える“対日改善のサイン”

中国、それに世界中の華人社会で旧正月=春節を迎えている。旧暦の大晦日にあたる1月21日の夜、中国のテレビ、ラジオで全国、さらには華人社会に向けて「恒例の番組」が放送された。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長はこの番組から「今の中国社会が見えてくる」という。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。  

旧暦の大晦日夜に放送される中国版『紅白歌合戦』

中国政府によると、春節休みをはさんだ前後40日間の移動人数は推定21億人。2022年実績のちょうど2倍、地球の総人口の4分の1が動く。多くの人たちが帰省し、新型コロナウイルス感染がさらに広がっていくのでは、という懸念もある。

2023年の場合、1月22日が旧暦の元日、前日の21日が大晦日にあたる。その21日の夜、中国のテレビ、ラジオで全国、さらには華人社会に向けて、放送された恒例の番組を紹介したい。

大晦日に放送される恒例の番組、といえば日本ではNHK『紅白歌合戦』が真っ先に思い浮かぶだろう。中国のこの番組のタイトルを日本語に訳すと『2023年 春節の夕べ』。北京時間の夜8時(日本時間の夜9時)に始まって、旧暦の年越しをする4時間半の生放送だ。

『紅白』のように歌手も登場する。ジャニーズのようなイケメン歌手が登場した。オペラや、少数民族の民謡を歌い上げる人も次々と登場する。歌だけではなく、漫才あり、コントあり、曲芸もある。中国の京劇やクラシックバレエ、少林寺拳法の演武もあった。「中国の舞台芸術・舞台芸能総まとめ」といった感じだ。

“脱マスク社会”の到来を歌い上げる

この番組はインターネットでも配信されたため、日本でも視聴できた。私も見たが、演出はド派手。いったい、いくら制作予算をかけているか、と思うほどだった。その中で、気付いたことを紹介したい。日本語で「すぐに良くなるさ」というタイトルの歌が披露された。多くの人気歌手がフレーズごとに、順々に歌うスタイルだった。注目したのはその歌詞だ。日本語に翻訳すると――。
愛する人よ からだの具合は悪くないかい すぐによくなるからね 特別な歳月は過ぎ去っていく 心配はいつだってあるものさ 怖がることないよ だって僕がついているから 勇気を出して出かけよう 一緒に映画をみよう 一緒にバーへ行こう 一緒に遠くへ行こうよ 友と連れ立って 酒でも楽しもうよ それぞれの思いを語り合おう 一緒におひさまを浴び、外を歩こう 一緒に夕日の下で もうマスクはせずに 互いの顔を見てみようよ
この歌詞が何を意味しているのか、分かるだろう。つい最近まで厳格なコロナ対策をしていた中国がこうなるのか、との思いだ。ステージの出演者はみなノーマスク。数千人ぎっしりの客席も映し出されたが、観覧している人も誰一人としてマスクはしていなかった。

政治的メッセージも発信

共産党が支配する中国の国営メディアが制作した番組だけに、この歌のほかにも、いかにも中国らしい場面が多かった。例えば、司会者からはこんな呼びかけがあった。

・この1年においては、共産党大会の成功があった
・習近平同志を核心とする党中央の周囲で、緊密に団結しよう
・中華民族の偉大な復興のために奮闘を
ゲストとして紹介されたのは、地球に帰還して間もない宇宙飛行士。中国は国家の威信をかけて宇宙開発を進めている。それに数多くの、いわゆる「模範労働者」も呼ばれていた。中には「優秀出稼ぎ農民」に選ばれた男性もいた。このあたりは日本とは異質な感じがした。

司会者が「中国人は強い、偉大だ。過去3年間、戦い抜き、勝利した」とカメラに向かって叫ぶ場面もあった。つまり、新型コロナに勝利した、との意味だ。

対日改善のサイン? 日本のヒット曲を放送

ここまで、中国版紅白歌合戦『春節の夕べ』の“中国らしさ”=政治色の濃さ=を並べてきたが、別の意味で、ハッとした場面がある。私たち誰もが知っている日本の曲を、中国と台湾の男性イケメン歌手が、中国語バージョンを歌ったのだ。その歌とは、長渕剛「乾杯」だ。中国語の歌詞を紹介しよう。
友よ 乾杯しよう すべてを水に流して あんな過去は 二日酔いみたいなものだよ 明日の杯(さかずき)に 昨日の悲しみを注ぐことなかれ さあ僕と杯を挙げ 過去に乾杯しよう さあ一緒に杯を挙げ 未来に乾杯しよう
歌詞の一節「あんな過去は、二日酔いみたいなもの」とは、「望んだものではなかった」「悪い思い出、気にするな」という意味だろう。いずれにせよ、いい歌に国境はない。日本人が愛する歌は、中国人も愛する。「乾杯」の中国語カバーは、中国や台湾ではずっと人気のカラオケソングだ。しかし国民注目の番組『春節の夕べ』にこの曲が出てきて少しビックリした。

最近では中国への入国ビザの発給停止など、ゴタゴタばかりの日中関係だが、日本との関係がどん底なら、日本のヒットソングは絶対に使わない。関係を安定させたい、という思いが中国側にもあるのだろう。「改善への姿勢を、日本の名曲を採用することで示した」とも考えられないだろうか。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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