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台湾総統選まで9か月“中国と台湾の間で”早くも駆け引きが本格化

中国は台湾を武力統一するのか――。ウクライナ侵攻から、不安の混じった声が聞こえてくる。その台湾では2024年早々、総統選挙が行われる。台湾の中で、また中国と台湾の間で、政治的な動きが活発化しているという。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長が解説した。  

二大政党の支持者で分かれている台湾社会

台湾社会を分断してきた「負の歴史」として、「2・28事件」がある。日本の台湾統治が終わって1年半が経過した1947年2月。中国大陸から台湾にやって来た国民党政権の横暴に対し、台湾住民の不満が爆発、当局と市民の衝突が台湾全土に広がった。事件の犠牲者は1万8,000人~2万8,000人とされる。

事件から76年が経った今年2月28日、台北市内で追悼式典が開かれた。主催する台北市の蒋万安(しょう・ばんあん)市長が挨拶のため、演壇に立った。市長は2022年末の選挙で、国民党から立候補して圧勝していた。その時、数人の聴衆が演壇へ駆け寄って叫んだ。

「人殺し! 人殺しは土下座して謝れ!」
この聴衆はすぐに取り押さえられたが、蒋万安市長は、蒋介石の曾孫。44歳の市長に、76年前の事件の責任はないが、国民党を率いた蒋介石が弾圧を命じた。事件を経験したお年寄り、また、それを伝え聞いて育った人たちの中には「蒋介石の血を引く蒋万安市長」、そして「国民党」を、絶対に許せないという方々もいる。

蔡英文総統の与党・民進党の支持者、それに戦後、蒋介石と共に大陸から渡ってきた人たちを中心にした国民党の支持者。いまだに台湾社会は、二つに分かれると言われる。

「国民党のプリンス」台北市長は総統選挙に出馬する?

台湾では来年1月、総統選挙が行われる。台湾総統に任期は2期8年間まで=アメリカ大統領と同じ。蔡英文総統は来年3月に離任するので、与党・民進党、野党・国民党ともに、新顔が競うことになる。

「国民党のプリンス」蒋万安氏は台北市長になったばかりで、10か月後の総統選挙には早すぎる。来年の総統選挙の結果次第だが、出番は4年後、あるいは8年後ではないだろうか。

国民党政権誕生を望む中国の戦略

中国の出方も気になる。先日閉幕した中国の国会、全人代では、中国側の台湾への姿勢は、あまり強硬ではなかった。全人代で発表された政府活動報告で、台湾については、こう言及している。

「台湾海峡両岸の関係の平和的発展と、祖国の平和統一の道を歩みます」
「台湾海峡両岸の同胞は血がつながっています。経済と文化の交流、協力を促進します」
1年前の活動報告には「外部勢力の干渉に断固反対する」との言及があった。それに比べると、「平和的」とか「交流」「協力」といった融和的な表現が並ぶ。

「外部勢力」とはアメリカを指す。威嚇的な言葉を並べると、台湾市民は安全保障面においてアメリカに、さらに依存してしまう。また、台湾内部も中国への警戒感が高まり、中国共産党と距離を置く民進党支持が広がる。それと、ロシアによるウクライナ侵攻から、台湾への武力侵攻を懸念する国際社会の不安、懸念を払しょくしたいという思惑もあるのだろう。

中国は国民党への政権交代を望んでいる。思い出すのは、2008年の総統選挙。今の中国の台湾へのアプローチは、その時とよく似ている。この年は、国民党が民進党から政権を奪還したが、国民党政権の誕生を望む中国側は、選挙戦を通じ、台湾への刺激を控えた。「中国が高圧的に出れば出るほど、反発する」――。そんな台湾住民の気質を熟知した中国の計算し尽くした戦略ではないか。

統一地方選で与党・民進党は惨敗

台湾の歴史を辿ろう。清朝、オランダ、スペイン、日本、さらに戦後は中国本土から逃れて来た国民党…。いわば「外来政権」に支配され続けた台湾人は反骨心が強い。だから、中国側は選挙戦を通じ、台湾を刺激しなかった。かつてない静かな選挙は、北京から国民党への側面支援だった。

前回、3年前の台湾総統選挙では現職の民進党、蔡英文氏が国民党の候補に圧勝して再選された。その前年に香港で反政府デモがあり、北京からの徹底弾圧によって、民主化の声は封殺された。それを凝視していた台湾では、「中国は怖い」の民意が高まったことが蔡英文氏の再選を後押しした。

来年の選挙だが、ウクライナ情勢を受け、「台湾は第二のウクライナになってしまうのか」という不安の声もある。だが、昨年11月に行われた統一地方選挙では、与党・民進党は大敗した。21あった県知事選挙・市長選挙のうち、民進党が勝ったのは5つのみ。惨敗だったといえる。

民進党は大敗した理由に、経済の低迷、物価高騰という不満があるのは確かだろう。ただ、国民党が「中台関係が軍事的に緊張するのは、民進党が中国と敵対するから」「国民党なら、中国共産党とうまくやれる」と宣伝したことも、大きな勝因になっている。

アメリカのペロシ下院議長が昨年8月、台湾を訪問した際、中国は台湾近海で大規模な軍事演習を続けた。台湾の市民には、大きな衝撃だった。また、総統選挙とは違い、地方選挙は、生活が大きく影響してくる。中国に向けて農水産品を送り出し、依存してきた生産者、中国でビジネス展開する事業者にとって、中国は死活問題だ。

台湾住民へのアピールを始めた与野党

今年2月、国民党の副主席が中国を訪問した。中国サイドは副主席を厚くもてなし、台湾産農水産物の輸入規制の解除にも前向きな姿勢を示した。中国と台湾との都市間交流、さらには、中国人観光客の台湾観光も、中国当局が許可を出して再開されそうだ。台湾へさまざまなアメを差し出している。

与党の民進党、野党の国民党。それぞれ総統選の候補者選びはこれから本格化する。民進党の総統候補は、頼清徳副総統が出馬を表明した。国民党でもっとも有力とされるのは、台北郊外・新北市の市長、侯友宜(こう・ゆうぎ)氏だ。彼の家系は、日本の統治時代から祖父母や両親が台湾にいた。つまり、国民党でありながら、蒋介石と一緒に戦後、中国大陸から渡ってきた、いわゆる「外来政権」のグループとは違う。冒頭で紹介したように、台湾住民の間で今も残る「蒋介石アレルギー」が薄い存在だ。投票でカギを握る無党派層を取り込みやすい。

一方、任期まであと1年となった民進党・蔡英文総統も政権の継続を死守しようと動いている。来月、外交関係のある中南米を訪れる際、アメリカに立ち寄り、共和党のマッカーシー下院議長との面会も計画されている、との報道がある。アメリカとの緊密な関係を、台湾住民にアピールしたい考えだろう。

台湾の中では与党・民進党と国民党の支持拡大の動き、台湾海峡をはさんでは中国共産党政権との駆け引きが続く。安全保障の面からアメリカ、それに日本もプレーヤーになる。目が離せない。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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