古代の福岡を歩く シーズン7

日曜 22:30
8回目は筑紫野市の阿志岐山城です。

8回目は筑紫野市の阿志岐山城です。

8回目は筑紫野市の宮地岳という標高338.9メートルの山腹にある阿志岐山城を解明していきます。
この山城は神籠石系の山城で7世紀はこの後半頃築かれたとみられる山城です。
こう調査で確認されたもので土塁・石塁は総延長約1.34㎞もあるそうです。
土塁はどうやって築かれたのか、ここにはパネルで詳しく説明してありました。
当時の人のすぐれた技術について筑紫野市歴史博物館の小鹿野館長に詳しく伺いました。
ただ、どうしても分からないのは、材料になる土塁や石塁を一体どこからどういう方法で運んできたのか、どこで石を切ったのかなど細かいことはわかっていないということでした。

JR二日市駅近く、二日市の商店街入口そばにある「二日市八幡宮」。
電車からも、県道からも丈高きクスノキとイチョウが目に入ります。
ご祭神は、応神天皇・神功皇后・玉依姫命。縁結び・安産・家内安全・開運の神様として崇敬を集めているだけでなく、ここのご神木のイチョウ(公孫樹)の木が「災難消除の霊験あり」と言われているそうです。
1586年、島津義久率いる薩摩勢が、大友勢の高橋紹運が守る岩屋城を攻め落とし、その帰りにこの公孫樹を伐り倒そうと斧を入れました。
この時、やまだ家の老婆が駆け付け、「ご神木に何をする!罰が当たるぞ!」と木に抱きつき、「切るならまずこの婆を伐ってからこの木を伐れ!」と言い放ったところ、それに気圧されたのか、薩摩勢は斧を捨てて立ち去った…という話が残されてます。
今も、その斧あとがあるとか…。オリジナルの公孫樹絵馬や8色の公孫樹守も素敵です。
境内には10本のイチョウがあって、「12月ごろまで境内がイチョウのじゅうたん状態ですね」と、宮司の梅野洋充さんが微笑んでらっしゃいました。

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