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南太平洋に浸透する中国とけん制する台湾・西側諸国の動きを解説

ロシアによるウクライナ侵攻が世界の注目を集める中、南太平洋エリアを舞台にした中国の浸透と、それをけん制する西側諸国の動きが進んでいる。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長が解説する。  

ソロモン諸島で中国が進める安全保障協定

ガダルカナルという島の名前を聞いたことがあるだろうか?南太平洋にあり、今からちょうど80年前の1942(昭和17)年から翌年にかけ、この島を占領していた日本と、アメリカの軍隊が激しい戦闘を繰り広げた。死者は約2万人。日本軍は補給路が確保されていなかったため、餓死した兵士も多数いた。「ガダルカナルの戦い」は無謀で悲惨なこの戦争を象徴する激戦地の一つといえる。

 

そのガダルカナルがあるのは「ソロモン諸島」という総人口はわずか70万人弱の国。オーストラリアの北東に位置し、大小100の島からなる。最も大きいのが、ガダルカナル島で、首都もここにある。このソロモン諸島で中国の存在感が急速に拡大している。5500キロ離れた小さな島国なので、日本では大きなニュースになっていないが、ソロモン諸島に近いオーストラリアや、ニュージーランドが危機感を強めている。

 

今年3月末、中国とソロモン諸島の間で安全保障協定が基本合意された。ソロモン諸島は長く台湾と外交関係を続けてきたが、2019年に台湾と断交し、中国と国交を結んだ。中米やアフリカでもそうだが、豊かではない国は、外国からの支援が頼り。ソロモン諸島の場合、台湾と付き合うより中国の方が「メリットがある」と判断したのだ。

そのソロモン諸島の首都(=ガダルカナル島)では昨年11月、政府に不満を抱くデモの参加者が暴徒化し、少なくとも3人が死亡している。ソロモン諸島は軍隊を持たないこともあり、オーストラリアやニュージーランドなどが治安回復のため軍や警察を派遣したが、これとは別に、中国も警察関係者を送り込んでいた。「暴動への対応」という名目で、遠い中国から支援を受けるのは太平洋の島しょ国ではソロモンが初めて。騒ぎは沈静化したものの、不穏な情勢は今も続いている。

そういう流れの中で、中国とソロモン諸島が「安全保障協定」で基本合意した。ソロモン諸島の首相は「まだ調印はしていない」「国内に中国軍の基地を置くことはない」と言っているが、ソロモン側から協定草案とされるものが事前に流出した。それによると「必要に応じて、ソロモンに在住する中国人や中国系企業の資産の保護を目的に、中国から関連する要員の派遣すること」また「中国の船舶のソロモン寄港を認める」つまり、補給基地にもなることなど、軍事面での協力も可能な内容が盛り込まれていた。

 

中国外務省の報道官は周辺国の懸念にこう反論している。「軍事的な色合いはない。平等、相互利益に基づく法の執行と安全保障協力は、国際法と国際慣行に合致する」「ある国は軍事的縄張りを広げようと企てている。地域の安全安定を大きく損なう」

ソロモン諸島への中国の浸透に警戒するオーストラリア

だが確かに、南太平洋にある島に中国が足場を築くと、この地域の安全保障に影響が出る可能性がある。この南太平洋地域で影響力を持つのは、オーストラリアとニュージーランド。ソロモン諸島はこの2国同様、イギリス連邦に所属しており、国家元首はエリザベス女王だ。

 

今年2月の北京冬季オリンピックで、オーストラリアは中国の人権問題を理由にして、開会式に外交使節団を送らず、アメリカなどとともに外交ボイコットをした。ニュージーランドは理由こそ「新型コロナウイルス」にしたが、やはり開会式に閣僚を派遣しなかった。

 

ここ2年間、オーストラリアと中国の関係は対立したままだ。オーストラリアのモリソン首相が、新型コロナウイルスの発生源について、独立した調査を求めたことに中国が反発。報復措置として、オーストラリア産の大麦やワインに高い関税を課したり、食肉や石炭の輸入を停止したりしている。

 

オーストラリアも昨年9月、アメリカやイギリスと共に安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設を発表し、米英の支援を受けて原子力潜水艦を配備することを決めた。さらに4月5日には、オーカスの3か国首脳が、迎撃が困難とされる極超音速兵器の開発で新たに連携すると発表したばかりだ。中国をにらんで「自由で開かれたインド太平洋」という戦略をさらに具体化している。

 

ソロモン諸島の位置は、オーストラリアとアメリカを結ぶ海上交通路(シーレーン)にあたる、地政学上の要衝。治安維持や補給を目的にした軍の船舶が寄港すれば、このような島しょ国家が事実上、中国の基地化してしまう懸念もある。

南太平洋を舞台にした中国と台湾の緊張も

ソロモン諸島のように、中国政府の切り崩しが強まって、外交関係を台湾から中国へスイッチする国が続く。中国はそれぞれの国に対し、中国と台湾の二重承認を許していない。まさに白か黒かのオセロゲーム。台湾を国際的に孤立させるため、中国は膨大な支援を通じて、台湾と断交し、自分たちと国交を結ぶように迫っているのだ。

 

現在、台湾と外交関係を維持する国は世界でたった14か国。うち4か国が太平洋の小さな島国だ。最近ではこのソロモン諸島、それにキリバスが台湾から中国へスイッチした。中国が国交を結んだ国々では中国主導でインフラ整備を進めている。その国々のためであるとともに、中国自身が共同利用しようという狙いもあるとみられる。

 

アメリカは「外交関係が台湾から中国へスイッチする」というドミノ現象が続くのを防ぐため、背後で動いてはいるものの、中国の方が当事国にとって「おいしい」状態なのだ。

 

かたや台湾も外交関係を解消されないように必死だ。フィリピンの東側にある、リゾート地として知られるパラオは、台湾と外交関係を持つ14か国のうちの1つ。ここにはワシントンのホワイトハウスそっくりの国会議事堂が建っている。私が取材で訪れたときに案内してくれた台湾のパラオ駐在大使によると、これは台湾が丸抱えで建設したものだという。他国の国会議事堂をプレゼントしてまで、外交関係をつなぎとめようとしている。

アメリカや日本も太平洋の島しょ国家を重要視

アメリカのブリンケン国務長官が2月、やはり南太平洋のフィジーを訪問し、周辺の島しょ国の首脳らとオンラインで協議した。アメリカ国務長官のフィジー訪問は実に37年ぶりだ。アメリカ政府は同時にソロモン諸島に、1993年から閉鎖されたままだった大使館を復活させる方針を明らかにした。中国の影響力増強を防ぐためだ。

 

また日本政府も近く、南太平洋のキリバスに大使館を新設する方針だ。キリバスは2019年にソロモン諸島とともに、外交関係を台湾から中国へスイッチした国だ。

 

 

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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