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「消えた外相」中国・秦剛氏の解任はなぜ?ウォッチャーが解説

中国の外務大臣だった秦剛氏が突然、解任された。後任には共産党の外交部門トップ、王毅政治局員を「再登板」させるという異例の事態に。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長は出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、「中国のバタバタぶりがうかがえる」とコメントした。

1か月前から動静が途絶えていた

中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)の常務委員会は7月25日、秦剛氏を外相の職から解くことを決めた。後任に共産党の外交部門トップ、王毅政治局員を起用した。王毅氏は秦剛氏の前任の外相であり、「再登板」となる。中国のバタバタぶりがうかがえる。

中国の国営メディア、新華社がこの突然の人事を伝えたのは25日の夜だったが、この時点では何ら説明はされていない。翌26日午後、中国外務省の定例会見が開かれた。当然、外国メディアはスポークスマンに、この人事について質問を集中させる。中国外務省がどう対応するか、初めての場になった。

スポークスマンは「提供できる情報はない」「新華社の報道の通りだ」と繰り返したという。ちなみにこの情報は、日本の報道機関の中国特派員に聞いた内容だ。定例会見の主な一問一答は通常、中国外務省のホームページにアップされる。だが、けさ(27日)までに外相人事については一切、触れられていない。「中国国民には見せない、伝えたくない」ということなのだろう。

秦剛氏は6月25日、北京でベトナムの外相、スリランカの外相、ロシアの外務次官と個別に会談している。ところがこの後からの動静が途絶えた。そして、7月中旬にインドネシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)の関連会合も欠席した。中国外務省は秦剛氏の欠席について「身体的な問題のため(=健康上の理由)」と説明した。

一方で、中国外務省のスポークスマンは7月17日の定例会見で、秦剛氏の動静について「状況を把握していない」と答えた。これは秦剛氏に、「女性とのスキャンダルがあるのでは」との質問へのコメントだった。この「状況を把握していない」という答えの意味は、「秦剛氏の件は、中国国内では既に、外務省という部門の手を離れた」ということだと、私は理解した。

“外務省より上の組織”が担当

中国外務省会見は、記者からの疑問や問い合わせに答える、という日本やアメリカなどの国々での会見とは、基本的に違う。中国政府が言いたいことを発信する場だ。だから、外務省が中国の国営メディアと事前に打ち合わせをしている。スポークスマンは手を挙げた中国メディアの記者を優先して指名し、質問させて、そしてスポークスマンが答える、というスタイルだ。

とはいえ、欧米や日本のメディアからも質問は出る。中には、答えたくない質問もある。そういう場合、スポークスマンの答えはたいてい「あなたの質問の件は、把握していない」または「それは外務省の答えるべき質問ではない。関係部門に尋ねてほしい」となる。

さらに、まったく的外れな質問だったら、スポークスマンが質問した記者に怒りや恫喝を伴いながら、猛反撃する。だから今回、秦剛氏のケースで「状況を把握していない」と答えたのは、「言えない」「もう外務省のマターではない」という意味だったのだろう。

すなわち、外務省よりさらに上の組織がこの案件を担当しているのだろう。たとえば、共産党の規律検査委員会など。公務員の不正をただすセクションだ。

不正といえば、金銭の受領、つまり汚職を働いた可能性があるかもしれない。台湾のメディアは、秦剛氏が姿を消した背景として、女性問題を指摘している。真相は私にはわからない。

「消えた」中国外交官は日本でも…

中国外務省の関係では数年前にこんなことがあった。中国の福岡総領事が大阪総領事に転出した。二つの総領事館の格でいえば、大阪が上であり、いわば昇進だった。だが、この男性総領事は大阪に着任してから、ほんの数か月しか経たないのに、突然本国へ戻った。理由の説明は対外的にはない。知人の中国の外交官たちに尋ねても、みな口をつぐむ。

繰り返すが、中国外務省は秦剛氏が「消えた」ことについて「身体的な問題のため」と説明している。おそらく、今後もその説明を押し通すのではないか。どのような「身体的な問題」なのか。病気なのか、ケガなのか――。詳細な説明はないだろう。ただ、秦剛氏は二度と、表舞台に登場することはないと思う。「消えた」ということだ。

解任の理由は謎のままに…

今回のミステリアスな出来事も含め、われわれは「秦剛外相」と呼んできた。ただ、秦剛氏の正しい肩書は、「国務委員兼外務大臣」だ。国務委員はふつうの閣僚の一つ上のランクで副首相に相当する。昨年12月に外相に昇任し、そしてその4か月後の今年3月、さらに上の国務委員になっている。いわば、スピード出世だ。

秦剛氏は、「習近平主席からの信頼が厚かった。これまでのスピード出世は、習近平主席の意向が強く働いた」との報道もある。外相になる前は、世界じゅうの在外公館のトップであるワシントンに駐在するアメリカ大使だった。秦剛氏はそもそも欧州の経験が長く、駐米大使に起用したのは、外相へのレールを敷いていたからだと言われる。

中国のような国では高級官僚の人事や人材の登用は、数年、数十年先まで見通して行っている。だから、本来なら、秦剛氏は向こう10年、外交担当の国務委員兼外務大臣を、長期で務めるはずだった。

秦剛氏の「退場」によって、中国指導部の外交政策に変化があるのか。答えは「ノー」だ。大きな外交指針を決めるのは、政府の一機関である外務省ではなく、中国共産党の中央外事工作委員会であり、外務省は共産党の決めた指針を、実行に移す役割を担うに過ぎないからだ。

秦剛氏が習近平氏の評価が高かったのであれば、余計、解任の理由は、表に出ることはないのではないか。評価が高かろうが、そうでなかろうが、スキャンダルを理由に更迭となれば、そのような人物を外務大臣に起用した、中国という組織自体のメンツがつぶれてしまう。さらに言うと、秦剛氏は、「戦狼外交」の先頭に立ってきた。この「戦狼外交」にも、大きなダメージを負ってしまう。

それにしても、中国という国は「中が見えにくい」「見えない」。国家全体のそんな状態が、中国という国への不信感を高めてきた。国家の体面を重んじることを優先すれば、さらに国際社会が中国へ注ぐ不信の眼は広がるだろう。

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