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7月豪雨「民陶の里」で多くの窯元が被災 土砂に埋もれた「資さんうどん」のどんぶり

九州北部を襲った7月10日の大雨で、福岡県東峰村では「小石原焼」の窯元42軒のうち、11軒が被災しました絶望感も漂う現場。それでも前を向こうとする人たちがいます。

裏山が崩れ3つの窯が押しつぶされて…

窯が土砂につぶされてしまった小石原焼の「小野窯元」。ボランティア9人の協力を受けて8月5日(土)に、被災後初めて作業場に入ることができました。

 

小野窯元 小野妙子さん「今日朝7時から作業して、開かなかった扉が2か所開いた。ガス窯の部屋が開いたので、埋もれていないものも、埋もれているものも全部出してしまいました」

 

乾いて固まった土砂の中から、埋もれた仕事道具を取り出します。

 

小野窯元 小野妙子さん「もううれしい。涙が出そう。こんなに暑いのに力仕事。申し訳ないのと、ありがたいのと」

 

約60年間この地で小石原焼を作ってきた小野窯元。工房の裏山が崩れ、3つの窯(登り窯、ガス窯、炭窯)が一晩にして建物ごと土砂で押しつぶされてしまいました。「60年の歴史で培った技術」を記したノートも、焼き上げた作品とともに土砂に埋もれ、手元に戻ることはありません。

福岡で馴染みの「資さんうどん」どんぶり3000枚出荷

この窯で一番大きな仕事だったのが、北九州に本店をもつ「資さんうどん」のどんぶり作り。年間3000枚を製造・出荷していました。

 

小野窯元 小野妙子さん「どんぶり作りをまだ続けていきたいんですけど、たくさん焼いた『資さん』のどんぶりが土砂に埋まっている状態です……。ガス窯も使えないし、ろくろの工房も全部だめになって、復旧のめどが立たずに日にちだけが過ぎていく。災害があったけど、小石原焼の器を作りたいです」

1か月後にようやく被害の全貌が

被災から約1か月。2度のボランティアによる復旧作業もあり、ようやく被害の全貌が見えてきました。

 

Q.初めて被害場所に入ってみて……
小野窯元 小野妙子さん「もう辛いしかないですね。扉が開かなかったので、すき間から中が少し見えていたんですけど、こんなにひどいとは思っていなかった」

 

土砂で天井が崩れているのは、ガス窯があった場所です。出荷前の「資さんうどん」の器は土砂にまみれ、変わり果てていました。

夫は入院中「いない間に片づけてあげなきゃ」

この日は駆け付けたボランティアに協力してもらい、まだ使える薪(まき)を運び出します。窯で使う薪は一つ約15キロ。運び出すのは重労働です。

 

嘉穂郡社会福祉協会 渡辺紘一郎さん「壮絶な状況だが、何とか力になりたい」

 

小野窯元 小野妙子さん「松の木で重たいので、女では持てない。松を焼き物に使うのは火力が強いから。ふだんは女性ばかりでできないから、今日ボランティアに来てもらっているのはありがたいです」

 

夫の政司さんは被災前に仕事中のケガで入院中。現場の復旧作業は妻の妙子さんが担っています。

 

小野窯元 小野妙子さん「最初は心細いなと思ったが、夫がいないから余計に『いない間に片づけてあげなきゃ』と。前向きに頑張るしかないと思っている。周りの人に助けてもらっているから元気になれるんですけどね」

夫婦で作陶を再開したい

3つの窯は全壊。再建には膨大な費用が掛かり、まだまだ再開のめどは立ちません。それでも、妙子さんは復旧の手を止めることはないと言います。

 

Q.止めようという気持ちにならない?
小野窯元 小野妙子さん「一瞬なりました。こんなに壊れていたら止める選択肢もあるな、と思ったんですけど、入院している夫と話して(直接は聞かないが)止めたくない雰囲気を感じる。できることなら細々でも小石原焼を作らせてあげたいし、自分も作りたい。客も『作ってください』とすごく言ってくれるんです。それに応えるためにも早く再開できればと思っています」

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