「そこは私の席」「いえ、ここは私の」。それは列車の中で起きた。ネットと券売機のダブルブッキングだろうか。一瞬の緊張。しかし、ここから驚くべき展開に。「横には誰もいません、お隣にいかが」「ではそうしましょう。ところで今日はどちらまで?」。その後、目的地まで会話が途切れることがなかった。旅先のイタリアで目撃した風景。日本ならどうだろう。
急いでいる。疲れている。確保したと思った席に他人が座っている。ぶぜんとし、怒りを感じつつクレームをつけるだろうか。ところがイタリアは違ったのである。乗客はとにかくよくしゃべる。電話だってスピーカーフォンで堂々と。一方、車内アナウンスは静かだった。落ち着いた声で英語とイタリア語のテープが流れるのみ。不審物を発見したら連絡を、リュックは前に抱えて、会話を控えて、閉まるドアにご注意くださいなど、一切言われなかった。そして心地よかった。
日本に戻った後。バスの車内で電話中の乗客に、運転手がこんな一言を放った。「我慢していましたが、随分長いですね。もういいですか、切ってください」。静かな車内を好むので運転手の勇気ある指摘に心中、拍手喝采。しかし、国が違えば乗客はもっと大きな声で通話を楽しめただろうか。日本とイタリア。所変われば。
10月7日(土)毎日新聞掲載
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