4年に一度の台湾総統選挙が1月13日に投開票される。2,300万人が住む台湾の新しいリーダーは、誰になるのか。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が11日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で予想した。
投票箱のふたが閉まるまで分からない
台湾総統選の立候補者は3人。与党・民進党の頼清徳副総統、それに最大国民党の侯友誼・新北市長、もう一つの野党・民衆党からは柯文哲・元台北市長がそれぞれ出馬している。投票日の13日に即日開票される。同日の深夜に、当選者が決まる見込みだ。
今回の総統選挙について、ちょっと気になる新聞記事を見つけた。ある台湾研究者が語ったコメントが、1月7日の毎日新聞朝刊に載っていた。
どの総統候補も、支持率に爆発的な伸びを欠いた状態で最終盤に入った。あとは突発的な事態やスキャンダル、中国の動きといった外部要因が発生するかどうか注視が必要だ。
これは長年、台湾の選挙の調査・分析を続けてきた東京外国語大学名誉教授、小笠原欣幸さんの言葉だ。私の思ってきたこととまったく同じである。選挙運動は、残すところあと2日。だが、投票日の13日、投票箱のふたが締まるまで、事態はどうなるか、わからない。
台湾総統選挙といえば、ちょうど20年前の2004年、投票日の前日に大きな事件があった。当時、私は台北に駐在していた。「最後のお願い」をしていた現職の民進党、陳水扁総統、一緒にいた副総統が銃撃された。弾は総統の腹部に当たったが、幸い命に別状はなかった。
ただ、それまで劣勢とされていた総統に同情票が集まったとみられ、かろうじて再選を果たした。得票差は率にして、わずか0.22ポイント。大逆転されて敗れた国民党サイドは「銃撃事件は、民進党による自作自演だ」と抗議し、大きな混乱になった。
この事件については被疑者として男が特定されたが、10日後、水死体で発見された。自殺か他殺かわからず、真相は不明のままだった。謎が謎を呼んだ。選挙賭博が絡んでいるとのうわさもあった。
今回、事前の支持率調査では、民進党の頼清徳候補が国民党の侯友誼候補をリードしているが、その差は数パーセント。僅差だけに、きょう以降の要素が勝敗を分ける。
硬軟織り交ぜた中国のあからさまな選挙介入
「何が起こるか、わからない」といえば、やはり中国の動きも気になる。
中国の習近平主席は12月31日、新年を迎えるにあたったメッセージを発した。その中で「祖国統一は歴史の必然だ」と強調した。「中華民族の偉大な復興」、これは習主席のスローガンであり、最大の柱が台湾の統一だ。
ただ、習近平氏がトップになって以降の台湾総統選は2016年、2020年と、いずれも習近平氏が望む国民党の候補は敗れ、中国が望まない民進党の蔡英文氏が当選している。習近平氏はこれまでのところ、台湾政策について結果を残せていない。
しかも、1996年に初めて有権者による直接投票が始まって以来、同じ政党が勝ったのは2回まで。今の蔡英文総統に続き、また民進党の頼清徳氏が勝てば、民進党が3連勝となる。習近平政権はメンツを失うことにもなりかねない。
「投票箱が閉まるまで、何が起こるかわからない」というのは、中国の出方ということになりそうだ。繰り返すが、前提として中国は、国民党の政権奪還を望んでいる。そのために、硬軟織り交ぜた作戦を取る。
まず硬軟の「軟」。中国政府は12月下旬になって台湾の高級魚ハタの輸入を再開した。2022年6月から輸入を止めてきた政策を改めたのだ。中国へ輸出できず困ったのは、台湾南部の漁業者だが、彼らは民進党支持者が多い。つまり「民進党のままなら、生活に困りますよ」という警告だった。
それを、総統選挙の直前になって輸入を再開した。漁業者はさっそく中国へハタを送り出し、商売が戻った。中国側は輸入再開の理由について、わざわざ「国民党からの要望を踏まえて解禁した」と説明している。
一方で、「硬軟織り交ぜ」の「硬」。まずは気球。台湾国防部(国防省)によると、元日から6日までに中国の気球が合わせて12機が飛来した。中国の気球が台湾上空を横断するのは異例だ。高度は4000メートルから7000メートル。香港での報道によると、気球は衛星測位システムの装置を搭載している。中国国内へデータを送れるのだろうが、それよりも、台湾住民への心理的影響を狙ったものだろう。
もう一つは、関税だ。台湾で製造され、中国へ入る一部の輸入品には関税の優遇措置があるが、12品目については1月1日から優遇措置を停止し、さらに対象品目を増やす方針だ。中台の政治問題と経済連携を結びつけ、圧力をかけている。人工知能(AI)を使った偽の動画が拡散するなど、候補者に関する偽情報が飛び交う。台湾側は中国が操っているとみて、警戒を強めている。
これらはあからさまな選挙介入と言っていいだろう。アメリカのバイデン大統領は11月、サンフランシスコで習近平氏と会談した。大統領は習主席に対し「台湾の総統選に介入しないように」と警告していた。他国への選挙介入。その手法は、連携し合う中国とロシアは似ている。
そのアメリカが望むのはもちろん、中国との融和路線をとる国民党ではない。今の与党・民進党が政権を維持するのが望ましい。日本も、政府は公には表明できないが、本音は同じだ。民進党が蔡英文総統の「現状維持」路線を継承するなら、それが最も望ましい。
「統一か、それとも独立か」ではない台湾の民意
台湾にとって、絶えず中国という巨大な存在がある。留意したいのは、台湾の住民の間にはこれまで「統一か、それとも独立か」という、将来への選択が存在した。しかし、現在は「現状を維持すべき」と考える人が6割に達する。「中国と一緒になりたい」、また反対に「独立したい」という明確な、極端な対立軸はなくなっている。
中国が後押しする国民党の候補、侯友宜氏も「中国との統一」また「一国二制度」については、反対している。つまり、中国は「統一を」と迫っても、台湾側はかつてのように、それに反発して「独立する」とも言わない。民主主義が根付いた台湾社会の成熟度を感じる。
明確な対立軸があった方が、中国は台湾に対し、さまざまな攻勢をかけやすい。だから「露骨で、わかりやすい」方法。「硬軟織り交ぜ」「アメとムチ」のような方法を続けているのかもしれない。だが、中国側が「わかりやすくない」巧妙な手段を使って、選挙運動が終わる明日まであと2日、いや、投票箱が閉まるまであと3日、どんな仕掛けをしてこないか、要注意だ。
それも、冒頭に紹介した東京外国語大学の小笠原先生が言った「中国の動きといった外部要因が発生するかどうか」。投票終了までに、だ。「中国が何か仕掛けてくる」――。総統選の各陣営、また台湾の有権者にそう思わせるのも、心理戦の有効的な手段だろう。
最後に私の予想だが、このまま民進党の頼清徳候補が逃げ切ると思う。現段階では。「中国が見えない、何かを仕掛けて来なければ」だ。日本にいる我々も、民主主義が根付く台湾で、どのような選挙が行われるか、見届けよう。
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この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。