【江戸ことば~その1】「逆さ言葉」ににじむ当時の文化
江戸語の魅力にはまっているRKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、RKBラジオ『サンデーウオッチR』で、「江戸ことば」の解説を始めた(不定期)。現代のような逆さ言葉あり、江戸文化がわかる言葉あり。番組MCの下田文代アナウンサーも驚きの連続だった(1回目は、2024年11月17日放送)。
『江戸語の辞典』を読んでみた
下田文代アナウンサー(以下、下田):どうして神戸さん、江戸ことばに精通しているの?
神戸金史解説委員長(以下、神戸):「歴史小説を将来書きたい」と思っていて。
下田:え? そんなの初めて聞いた!
神戸:10年以上前なんですけど、「江戸ことばをまず知ってから書きたい」と思って、いろいろ本を買いました。今日持ってきた『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)もそうなんです。
下田:文庫ですけど、厚いよね。何センチあるかな? 測ります……2.3センチ。
神戸:1,067ページあるんです。3万語の江戸語が載っています。
下田:ちょっと待って、3,200円!? 高っ。
神戸:昭和49年の本なので古いんですけど、取り寄せて、端から端まで全部読んでみようと、4か月半かかって全部読みました。その後も何度も読んで、面白い言葉を書き出してみたんです。
「江戸ことば」とは?
神戸:江戸ことばって、そもそも何か。江戸時代に、江戸地域で使われた言葉を指しています。上方語とは違います。
下田:かみがた?
神戸:京都とか大阪で関西弁のルーツとなる言葉も、同じ時代にあるわけです。初めて江戸に町ができて、いろいろな人たちが集まって、100万都市になっていくんです。100年ぐらいかけて、だんだん江戸語が成立していくんです。
下田:時代でいうと……。
神戸:1700年代の中盤ぐらいには江戸語の形ができていた、と言われています。時代劇に出てくる「べらんめえ」だったり、「てやんでえ」だったり。落語もそこから生まれてきています。江戸語は落語や歌舞伎にも生きていると思います。武家の使う言葉と、町人の使う言葉はもちろん違うわけですよ。
下田:おー、武家と町人では違う!
神戸:武家は昔からの言葉を使ったりしているので、堅苦しいんですね。庶民は、「てやんでえ」って感じでどんどん言葉を作っていく。それがいっぱい記録に残っている。
下田:じゃ、江戸語というのは、町人が使っている?
神戸:そうです、基本的には。だんだん武家も、幕末に近づくにつれて、江戸語を使うようなくだけ方をしてきています。でもあんまりやると、武家らしくないと怒られる。
下田:なるほど。
「江戸ことば」の4つの魅力
神戸:何が面白いかというと「語源がわかる」ことが多いんです。
下田:いま私達が使っている言葉の語源?
神戸:はい。それから、「語感が面白い」というかな。例えば、妻のことを「嬶左衛門(かかあざえもん)」と呼んだりする。
下田:なんか、ふざけてるね(笑)
神戸:そう、ふざけてるんですよ。「うちの嬶左衛門がよ……」とか、多分そういうふうに使っていたのでしょう。「怖い怖い怖い」って。
下田:なるほど、そういうこととか。
神戸:それから「江戸の文化が感じられる」ものも多いんです。「塩絶ち」という言葉があります。神仏に祈願している間は塩分を摂ることを避ける。「塩絶ちして、家族の無事を祈る」なんていう言葉から、文化がわかる。あと、「色っぽい言葉」もいっぱいあります。
「ばそ」「せるき」とは?
神戸:今日紹介したいのは、まずこの言葉です。「ばそ」。
下田:ばそ?……そば?
神戸:そうです! 「ばそでも食べ行くか?」。
下田:え、ちょっと待って。よく、平成とか昭和のプロデューサーが「お寿司屋さんに行こう」っていう時、「ねえ○○ちゃん、シースー行かない?」っていう、本当にチャラチャラした……。
神戸:業界人ね。「ばそ食べいこうかい?」って。
下田:本当?
神戸:こんなのもあります。「せるきでも吸うか」。
下田:せるき……キセル?
神戸:そう、キセル。
下田:逆さ言葉をやってたんだ!
神戸:上下を入れ替えることを「天地替え」と言いました。一番有名なのはこれかな。「ぐりはま」。
下田:ぐりはまってちょっと……ハマグリ?
神戸:そうそう、結構、落語とかに出てきますよ。「ぐりはまでも食いねえ!」
下田:それが粋だったの?
神戸:軽い日常言葉として、職人さんも多い町だったし。業界だけで使われる言葉「隠語」もあるんですよ。例えば「きす」。
下田:キッス? きすは「好き」?
神戸:うん、好き。これは香具師(やし)とか、その筋の人たちとかがいるじゃないですか。そういう人たちの中で言っていたのは「好き」=酒のこと。「酒を買いに行こうか」は、「キスを引くか」。
下田:へえ……。
神戸:その業界の人にしか通用しない。一般の人には通用しないけど、ちゃんと言葉として記録されている。その業界の人たちにとっては「きす」と言えば「酒」を指すんです。
まだまだある逆さ言葉
下田:なんか現代に通じるでしょ。プロデューサーが「シースーでも行かない?」っていうのにすごい嫌悪感を持ってたんだけど、実はなんか江戸で言えば、粋な人じゃないかって。
神戸:身分的に高い人たちは、使わない言葉です。庶民の言葉。職人さんだったり、日銭で暮らしているような人たちが、「宵越しの金は持たねえ」なんていう言い方もしますけど、そういう人たちが使った言葉。
下田:何か、日常を楽しくしようっていうユーモアがある。
神戸:それが伝わる、その言葉を理解できる人たちだけのグループでもできてくる。香具師(やし)仲間=露天商の人たちだったり、棒手振(ぼてふり)と言いますが、商品を棒に前後のカゴに乗せて魚を売ったり、そういう人たちの業界の中では通用するという言葉もあるわけですよ。じゃあ、これは? 「もく」。
下田:もく……雲なのか、タバコなのか……。
神戸:お! タバコですよ。辞書に上がった文例は、天保年間(1831~1845年)だから、幕末に近い。1840年代ぐらいに記録には残っている。雲を逆さにした言葉でモクモクと煙が上がるから、タバコ。
下田:そうなんだ!
神戸:今でも「シケモク」って言うでしょ。残っているんですよ、実は現代にも。
下田:あらまあ!
神戸:「モクでも吸いにいくか」なんて言い方する人も。
下田:いたわね、昭和には。
神戸:これ、江戸時代から使っている言葉。
下田:でも、最近タバコ吸う人も減っているから、そういう言葉も聞いちゃうかも。
神戸:そういう人をこんな風にも言いますね。「頓吉」。
下田:トンキチ?
神戸:「頓吉」は、これ自体は天地替えじゃないんです。トンマな人を擬人化した名前。「阿呆太郎!」とか言うように、トンマな男を「頓吉!」っと。これが、逆さ言葉になるとどうなるか。「とんちき」。
下田:あー! 「トンチキ野郎」!
神戸:そうそう! 昔の昭和の漫画によく出てきた。
下田:あった、昭和に!
神戸:「このトンチキが!」とかって言ってたでしょ? 藤子不二雄さんとかの漫画やアニメで。江戸時代に、「この馬鹿な男め!」と「頓吉」。それがいつか天地替えで「トンチキ」に。
下田:なるほどね!
神戸:言葉って生きています。面白いです。
下田:江戸時代ってずいぶん昔の話で、自分に共通点がないと思ったけど、今生きてる私達はずっと先人から続いている1人だって感じるわね。
神戸:本当にそうですね。じゃあ、スーパーすごい言葉を紹介しようかな。「しだらがない」。
下田:しだらがない……だらしがない?
神戸:そうそう。
下田:全部逆さまにしてるじゃない!
神戸:ちゃんと説明しますよ。「しだらがない」という言葉を、天地替えしたのが「だらしがない」なんですよ。
下田:そうなの?
神戸:元は「しだらがない」なんですよ。そう『江戸語の辞典』に書いてあって「ウソ? どういうこと?」と。で、「しだら」を引いてみたんですよ。出ていました。
下田:「しどけない」みたいな?
神戸:品行方正の「品行」「振る舞い」「行い」。
下田:「しだら」が?
神戸:そう。その「しだら」がない。だから、「だらしねえじゃねえか」。
下田:品性がない。
神戸:そう。
下田:それが「しだらがない」。じゃ、なんで「だらし」になったのか?
神戸:若者たちが、逆さ言葉として用いたのが残っちゃった。
下田:逆さが本筋になったわけ?
神戸:そうそう。元々は「だらしがねえなんて言葉を使うんじゃねえよ、当世の若者言葉を」なんて言っていたはずなんです。
下田:はああ!
神戸:じゃ、その「しだらがない」を、熟語で言ったら何になるでしょう?
下田:「しだらがない」が……うーん「怠惰」?
神戸:「ふしだら」となるんですよ。
下田:あらまあ……。そうか。
神戸:びっくりしませんか、この言葉?
下田:やっぱり言葉って、だんだん連綿と続いている。そして組み合わされている。関連がある。
神戸:僕らが使っている言葉の、もう消えてしまったかもしれない祖先、ルーツがこの『江戸語の辞典』にいっぱい出ているんです。
下田:なぜ神戸さんが江戸語をそんなに推しているのかな? って、私はちょっと引いて見てたんですけど、面白いですね。
神戸:まだいっぱいありますよ。
下田:とても勉強になりました。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。