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「二度と後手踏まない」兵庫県知事選“暴走する妄想”に翻弄された地元紙

radiko podcastで聴く(前編)

兵庫県百条委員会の音声データなどを、維新の県議が漏洩したことに、強い批判が集まっている。妄想は暴走し、選挙結果にも大きな影響をもたらした。地元・神戸新聞社のデスクが知事選報道を振り返っての「反省と決意」を聞いたRKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、2月25日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。

誹謗中傷拡散に加担した維新県議

今日(2月25日)の読売新聞社説は、維新の兵庫県議について「選挙を歪めた自覚はないのか」と指摘しています。「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が真偽不明の情報をSNSで拡散することで、大きなうねりが起きました。

その元になった音声データは増山誠兵庫県議が渡したと認めています。また、怪文書と言っていい資料を立花氏に手渡す場に岸口実県議が同席していたことも分かっていて、兵庫維新の会は今日、処分を発表します。

「今回の問題を受け、県議2人は責任を取って百条委の委員を辞めたが、それで済む問題なのか。記者会見では、立花氏に情報提供した理由について『県民が知るべき情報をメディアが流していない』と述べた県議もいたが、筋違いも甚だしい。真偽不明な情報を報じないのは、事実に基づいて伝える報道機関として当然だ」

「維新の吉村洋文代表は、今回の県議の行動について『本人たちの思いは分かるが、ルール違反だ』と述べている。身内に甘い姿勢が緩みを招いているのだろう」

(読売新聞2月25日社説「維新の兵庫県議 選挙を歪めた自覚はないのか」)
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20250224-OYT1T50097/

読売新聞は極めて強く非難しています。私も全く同感です。この番組で一度お話ししましたが、この問題をめぐって私は、ある居酒屋で「亡くなった兵庫県の元県民局長がいかにひどい人か」をしゃべり続けていた常連さんと「いい加減にしてくれ、もう聞きたくない」と、口げんかになったことがあります。

維新創設者・橋下徹さん「悪質極まりない」

毎日放送(MBS)の番組に「橋下徹氏が斬る」というコーナーがあり、きのう(24日)、テレビのスタジオで橋下さんがトークしている映像がYouTubeに出ていました。維新の創設者・橋下さんが「怪文書を拡散させたのはかなり悪質極まりない。議員というより人としてもどうなんだと思います」と、これも極めて強く批判をしていました。

【橋下徹氏が斬る】維新の県議団は「解散に値する」 N党・立花孝志氏への“情報リーク” 岸口氏の『文書』提供は「責任重い」 混乱の兵庫県政どう見る?(2025年2月24日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

百条委員会で非公開だから、外に出していけないのか。橋下さんは、報道機関の事件報道を例に、「捜査関係者によると」と言って普通は外に出ない秘密を出している、という趣旨の発言をし、「秘密だから報道してはいけないのなら、報道は成り立たない」「公共性・公益性じゃなくて、プライバシーに関わるところじゃないのというのが問題なので、秘密をばらしたからだめという話じゃない」「裏取りが不十分だったということが問題」と話していました。ここは、ちょっと違うかなと私は思いました。

「権力者は都合の悪い情報を隠す」というのは、今回斎藤さんに投票した多くの方が感じていることじゃないかと思います。私もそう思っていますが、大事なのは「今回の権力者とは、誰なのか?」ということです。

斎藤知事がどんなことをしたのかが非常に重要なポイントです。土曜日(22日)のTBS『報道特集』で、キャスターの村瀬健介さんが最後に言っていました。

村瀬健介キャスター「何が問題なのか見失いそうになりますけれども、私は根幹にあるのは、告発者である元県民局長への斎藤知事の当初の対応、告発者探しをして苛烈な対応をしたことが妥当だったのかどうか。この一点にあると思っているんです。それ以外の話はこの根幹の問題から目をそらせる役割がある」

兵庫・竹内元県議に対する誹謗中傷の拡散 きっかけのひとつの“文書”は誰が作成し、誰が立花孝志氏に渡したのか 証言をもとに検証【報道特集】

私も「そうだな」と思って聞いていました。


 

権力者は百条委ではなく斎藤知事

知事が権力者であって、職員は弱い立場ですよね。「権力者の行為が正しかったかどうか」を、百条委員会で確かめようとしたわけです。「選挙に影響するかもしれない」と秘密会にしたのは、出席者の合意です。今回情報を漏洩した県議も含めて同意した話を、外に出しているわけです。

「斎藤知事という権力者の問題を議論する問題」がいつの間にか、「斎藤さんをいじめる権力者の百条委員会」となってしまいました。ここだけ見てそう捉える人は、これも根幹を完全に見失っています。

筋と違う根幹ではない情報を出してごまかそうとしたのであろう副知事の態度。それをそのまま出してしまうのは筋違いだ、と百条委員会の奥谷謙一委員長が止めました。「止めたことがおかしい」となっているんですが、ここは間違っちゃいけない。斎藤さんが権力者なんです。

ですから私は、居酒屋で仲が良かった常連さんと「もういい加減にしてください」「本当かどうかもわからない話で、死者を貶めるのはやめてほしい」とトラブルになってしまったわけです。

県議の話は、『報道特集』の村瀬さんが言っている通り、根幹を見失わなければ答えはもうはっきりしている、と私は思います。今日の処分の内容が非常に注目されます。維新の責任はすごく大きいですよ。

「異形の選挙取材」だった兵庫県知事選

2月22日(土)、23日(日)の2日間、西南学院大学(福岡市)で開かれた「報道実務家フォーラム in 九州2025」で、地元の神戸新聞の行政担当デスク、永田憲亮さんの話を聞く機会がありました。「体験したことのない選挙だった」と語っていました。

「報道実務家フォーラム in 九州2025」は6コマ。ホットな話題や注目のスクープの裏側など、記者やデスクを招いて今だから話せる話を聞き、ITや情報公開に詳しいジャーナリズム関係者から取材スキルを実務家として学ぶイベントですが、大学の教員や学生も参加していました。東京では2017年から開かれてきましたが、今回初めて九州でも開かれました。

この番組で先週、ドキュメンタリーの勉強会「福岡メディア批評フォーラム」を2006年から続けていると言いましたが、考え方は全く同じ。会社は競争相手でも大事なところは共有し合って、レベルを上げていこうという目的です。

放送局の系列を越えて…九州・沖縄のドキュメンタリー制作者が熱い議論

永田さんは「一定の条件がそろった時、SNSはものすごく選挙結果に影響するということを初めて体験した」「SNSのプラスの面も強く感じた」とも話していました。

永田憲亮さん:神戸新聞社編集局報道部次長。1974年、神戸市生まれ。98年入社、兵庫県警キャップ、兵庫県政キャップなどを経て、行政デスク。事件・司法デスクとして担当した調査報道「神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄スクープと一連の報道」が2023年度の新聞協会賞や調査報道大賞などを受賞した。

一方で、虚偽の情報がどんどん流れていったことを踏まえ、「選挙報道の“マインド”が過去と変わっていなかった」という反省の言葉が挙がりました。選挙期間に入ると、「どちらかの候補に有利になるように報道してはならない」という基本的な考え方があるので、メディアは抑制的になってしまっている、という批判はこれまでもありましたし、私たちも実感しています。

永田さんによると、神戸新聞は過去の例を参考に、選挙期間中の紙面計画をあらかじめ作っていたそうです。例えば「候補者の横顔」。どんな経歴で、どうしてこう考えるに至ったのかを、同じ行数で並べていくものです。

それから、例えばテーマ別。教育とか県政改革だとか、いろんなテーマ別の候補者の意見をまた並べていくもの。この時、特定の候補だけ大きくすることを、私たちは避けてきました。永田さんは公職選挙法148条で定められていることを「意識しすぎてきたのではないか」と反省を述べていました。

公職選挙法 第148条 この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第138条の3の規定を除く。)は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。

私たちメディア全体で、公平性を意識しすぎてきたのは確かだと思います。ただしこの条文は前段で、選挙に関し報道の自由を妨げるものではない、とも言っています。「量的」な公平ではなくて「質的」な公平を目指すべきだ、という議論もあります。

ネット上で急激に立花孝志さんのSNS発信が拡散していく中で、虚偽の情報やウラが取れてない情報をそのまま流してしまうのは、後段の「事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」に該当してしまいそうです。

神戸新聞「メディア側の説明責任を果たす」

「こんな噂がありますよ」と報道していたら、紙面も、テレビの枠も、いくらあっても足りません。出さないのは、「報道されていたじゃないか」みたいな話になるおそれがあるからです。根幹がずれてしまいます。

根幹は「政治的な行動が知事としてふさわしかったかどうか」です。権力者は、知事。百条委員会ではないのです。権力者が不正義の行動を取っていたのか、不適当だったのかどうかを、市民側の代表者である県会議員が検証する場だったのです。

SNSが盛り上がった中で、神戸新聞は投開票日の2日前、Q&A方式で「判明済みの事実」と「調査中の疑惑」を整理して記事化しています。しかし「焼け石に水」でした。

どうすればよかったかを、永田さんはいくつか挙げていましたが、私はこの言葉が印象に残りました。「僕らが書いていて『つまらない』と思う記事はやめるべきだ」。確かに、みんなきちんと並べていくだけでは、面白くはないですよね。紹介したいのは、この体験をした神戸新聞から各メディアに対する「提言」です。

提言

•インフルエンサーが参加する選挙では、ソーシャルメディアの言説に機動的に即応できる取材チームを。

•紙面と自社サイトにとどまらず、SNS(動画投稿サイト)にも取材をした「事実」を出していく。議論の土台となるファクトを。

•発信は切れ目なく。必要なコンテンツは期間中、何度でも出す。

•過度に公平性にとらわれない。有権者の「知りたい」に連続して応える。「書かない理由」を含め、メディア側の説明責任を果たす。

★「情報の空白」をつくらない。確かな「事実」を示す

永田さんは「同じように後手を踏むことはしない」と強調していました。

筑紫哲也さんのDNAを引き継ぐ

「報道実務家フォーラム in 九州2025」ではほかに「ネット上で攻撃された時にどう対応するか」というテーマがありました。琉球新報の南彰記者と、沖縄タイムスの阿部岳記者が対談しました。

南彰(みなみ・あきら):琉球新報記者・編集委員。1979年、神奈川県生まれ。2002年、朝日新聞社に入社し、2008年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当。2018年9月から2年間、新聞労連委員長・日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)議長を務める。2023年10月、朝日新聞を退職。同年11月から琉球新報で記者・編集委員。著書に『絶望からの新聞論』(地平社、2024年)など。

阿部岳(あべ・たかし):沖縄タイムス編集委員。1974年東京都生まれ。1997年沖縄タイムス入社。主に差別や基地の問題を取材する。著書『ルポ沖縄国家の暴力米軍新基地建設と「高江165日」の真実』(朝日文庫)、三浦英之氏との共著『フェンスとバリケード福島と沖縄抵抗するジャーナリズムの現場から』(朝日新聞出版)。

ここで、ジャーナリストの筑紫哲也さん(1935~2008年)が、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』最後の出演となった、2008年3月28日の放送で話した「「『NEWS23』のDNA」が紹介されました。

「NEWS23」のDNA

•      力の強いもの、大きな権力に対する監視の役を果たそうとすること

•      とかく一つの方向に流れやすいこの国で、少数派であることを恐れないこと

•      多様な意見や立場を登場させることで、この社会に自由の気風を保つこと

この言葉はメディアにいる人間全員が共有すべきものだ、と私は思っています。会場には若い人たちもいっぱいいたので、この言葉が挙がったのはよかったです。

攻撃されやすくなっている記者たちが、どう前向きに頑張っていくか。少数派であることを恐れずに、役割をしっかり果たそう。僕らの心を励ましてくれるイベントだったと思います。

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。