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与えないと勝てないという感覚は、この先も忘れずにいたい。

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変えない。変える。対極にあるはずの言葉が不思議と調和するうどん

先月まで続いた連載「40歳からのやんわり無化調」はいったんおやすみ。今回から新しい連載が始まることになった。テーマに据えたのは福岡にある老舗うどん店。ぼくは2015年に「うどんのはなし 福岡」という本を出した。それまでも大好きだったが、上梓した本のおかげで、うどん店のことがさらに好きになり、その中で注目したのが、老舗の存在だ。30年、40年、50年といったように、年月を重ねたからこそ育まれる魅力があるし、代が変わることで変化するものもあれば、そのまま大切に守り続けられる矜持もあると思う。そんな老舗の話を、これから綴っていきたい。

新連載の第一話に選んだのが「かろのうろん」。今更、説明が不要な、福岡に現存する最古のうどん店だ。店主・瓜生高康さんのもとを訪ねた。

創業は明治15年(1882)。2026年7月の時点で、創業してから144年が経つ老舗中の老舗だ。
「元々、初代のイソおばあちゃんが1人で始めた店なんですよ」と教えてくれたのは、いつ会っても、ふんわりと包み込んでくれるような、やさしい笑顔で迎えてくれる4代目・高康さん。

開業以来、一度も移転をしていない。「角(かど)」にあるから、それが博多訛りで“かろ”となり、それが今の屋号になったのは有名な話だが、そんな由来があるからこそ、この角地からは簡単には動くわけにはいかないのだろう。この場所で、「かろのうろん」はこの街の歴史とともに歩み、時を刻んできた。

高康さんは「ここはずっと遡ると、お寺さんの境内の区画やったとですよ。今ではすっかり街ですから信じられないでしょうけど、周りは田んぼでね。うちの裏手に細い路地があるでしょ。そこは元々、水路だったんです。小さな船で、すぐ近くの博多川、そこから海まで続く那珂川に出られるような感じやったみたいですね。そこが道に舗装されるまで、柳川の川下りみたいな生活がこの辺りにも残っていたんです」と自身が伝え聞いた当時の様子を教えてくれた。

「かろのうろん」を取り巻く環境は、時代とともに変わり続けてきたが、一方で、うどんの味自体はほぼ当時のままだ。イソさん、高康さんの父にあたる3代目・呼希允(あきちか)さん、そして4代目へと、レシピは大切に受け継がれている。

高康さんは「初代はとにかく働き者で、真面目だったと聞いています。北海道産の羅臼昆布を使う点にも現れていますが、友人らに振る舞うためのうどんにも関わらず、妥協がなかったみたいですね。職人気質というわけではなく、どちらかというと、純粋に美味しいものが好きという無垢な性格だったんでしょう。その味が今も、大きく変わることなく愛されているということは、本当に誇らしいですよ」と目を細めた。

博多ではうどんのつゆのことを“すめ”という。「かろのうろん」のすめは、透明感のある琥珀色で、顔を近づけると、豊かな出汁の香りが漂ってくる。羅臼昆布のみならず、熊本県・天草産のサバ節や九州産のいりこなどを組み合わせ、奥行きを出すのは初代から変わらない製法だ。醤油のやわらかな風味、そして春夏秋冬、いつ食べてもおいしく感じられる絶妙な塩気が、食欲をそそる。

「いろいろと原材料の配合なんかを改良したいなという気持ちがないこともないんですが、一度、バランスを崩すと、それを元に戻すために、また何かを変えないといけなくなるんですよね。うどんは一杯の中だけで完結する料理ですから、実は結構繊細なんです。良い原材料に変えたら美味しくなるという単純な話ではないところに、奥の深さがあります」

麺の製造工程もまた、代々受け継がれてきたやり方を保ってきたが、調理のプロセスにおいては、高康さんの代になってガラリと変えた。ご当地グルメとしての「博多うどん」の特徴の一つに、麺をあらかじめ茹でておき、それを軽く温め直して出すことで、驚くほどスピーディな提供が可能になる“茹で置きスタイル”がある。実際、「かろのうろん」でもずっとそうやってきたのだが、高康さんは注文の入り具合を予想し、常にベストなタイミングで出来たての麺が提供できるように、営業時間中、その都度麺を茹でるやり方に変えたのだ。

「変えようと思った頃は、父もまだ健在でした。父のやり方を否定するような意見だったかもしれません。茹でたてに変えたいと言う時は、なんて言われるのか、どきどきしましたよ。でも、『やってみらんね』と、背中を押してくれたんです」

呼希允さんはことあるごとに高康さんのすることを受け入れ、褒めてくれたのだという。長所に目を向け、のびのびと伸ばしていく。そんな自由で、深い愛の持ち主だったからこそ、高康さんは迷うことなくうどんづくりに打ち込むことができた。
「本当は飛行機のパイロットになりたいなと思っていたんですよ。でも、気がついたら、うどんの世界に入っていましたね。一度も『跡を継げ』とは言われませんでした。ちょっとした手伝いのつもりで、つゆづくりを習ったときも、『お前はセンスがあるな』と言ってくれたり、何かアイデアがあると、『よし、やってみよう』と寄り添ってくれたり、ずっとそんな感じでした。期待に応えたい。そんな気持ちが自然と湧いてきたんですよ」

当然ながら、呼希允さん自身もまた、伝統を守りつつも、その一方でチャレンジ精神を忘れない柔軟な発想の持ち主で、実は一時期、この店でかき氷を提供していたことがあった。夏場、暑さでうどんが出にくくなる時期の売り上げを支えた、伝説の一品だ。
「父の作るあずき、蜜かけが本当に美味しくって。私自身も夏の楽しみにしていました。今はうどんづくりだけでも精一杯なので、すぐにはできませんが、レシピは残っているのでまたいつの日か作りたいですね」と高康さんはやさしく微笑んだ。

麺が“茹でたて”に変わった当初、一部のお客から「今までのうどんが好きだった」という声が少なからず寄せられたのだという。それでも「自分自身が、この麺のほうが美味しいと信じていたので、このまま突き進もうと思いました」と、高康さんの心は変わらなかった。そのうち、茹でたてならではの、もっちりとした食感、しなやかなコシは既存の常連客だけでなく、新たに「かろのうろん」を知ったお客にも浸透し、今やお店を語る上で欠かすことのできない魅力の一つとなっている。

生前、呼希允さんから「仕事を広げすぎないように」と言われた高康さん。現在も、多店舗展開や店舗拡大には全く興味がない。「一つのことを続けることは、それだけでも大変なこと。毎日を大切に。それで十分です」。変えない。変える。対極にあるはずの言葉だが、「かろのうろん」においては、これらが不思議と調和している。それは店のあり方においても、バランスが取れているということなのだろう。

囲碁を愛してやまない高康さん。その囲碁の先生から得た格言もまた、今の己を支えているのだという。高康さんは「物事に取り組む時は、『担雪埋井(たんせつまいせい)』の気持ちで臨む。井戸に雪を入れ続けていくようなもので、すぐに結果が出なくとも、自分を信じて地道にやり続けることの大切さを学びました」と言葉に力を込めた。

創業から150年という節目も、いよいよ迫ってきた中、高康さん本人は、至って平常心だ。
「囲碁を始めた頃、まずはルール、戦略を覚えるのに必死でした。ただ、やり続けていくと、自分の陣地を広げることばかり考えても勝てないことに気が付くんです。相手に譲るところは譲らないと、こちらの陣地も広がらない。与えないと勝てないという感覚は、この先も忘れずにいたいと思っています」

店舗名:かろのうろん
ジャンル:うどん
住所:〒812-0026 福岡県福岡市博多区上川端町2-1
電話番号:092-291-6465
営業時間:11:00~17:00頃 ※売り切れ次第終了
定休日:火曜(火曜が祝日の場合は翌日)、ほか山笠期間中は不定休あり
席数:テーブル16席
メニュー:かけ500円、ごぼう天うろん750円、まる天うろん720円、月見うろん720円、肉うろん1080円、肉とじうろん1180円、めんたいうろん1100円、ごぼまるうろん970円、肉ごぼううろん1330円、ざるうろん800円、かしわおにぎり1皿400円、いなり1皿300円、ヱビスビール小瓶700円

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