中国の習近平国家主席が国賓としてアメリカを訪問し、トランプ大統領と首脳会談を行いました。世界中がその動向に注目する中、中国ウオッチャーたちがひそかに注視していた「もう一つのポイント」がありました。それは訪米直前に流れた「健康不安説」です。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、9月28日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、飛び交うデマの背景と習主席の本当の健康状態について解説しました。
トランプ大統領の異例の出迎えと「SI」合意
中国の習近平主席が先週、アメリカを訪問し、トランプ大統領と首脳会談を行いました。中国産レアアースの輸出規制や、台湾への武器売却問題、さらには米中が覇権を競うAI(人工知能)の開発など、テーマは多岐に渡りました。ちなみに、このAIについて米中は今後、「スーパーインテリジェンス」、略して「SI」という呼称を使うことで合意しました。トランプ大統領の主張を、中国側が了解した形です。
今回のアメリカ訪問で、習主席は国賓、つまり訪問先の国から公式に招待されました。首都ワシントン郊外の空軍基地に、習主席らが乗った特別機が到着すると、真っ赤なじゅうたんが敷かれ、飛行機のタラップの真下でトランプ夫妻が習主席夫妻を出迎えました。日本時間で24日の午前でした。
現職のアメリカの大統領がわざわざ空港まで足を運んで外国の首脳を迎えるのは、64年ぶりだそうです。手厚くもてなされた習主席にとって、まさに晴れ舞台。「アメリカと対等な立場の中国」、さらに言えば、「アメリカ大統領と対等な立場の習近平」であることを、中国国民だけではなく、アメリカ国民、そして世界の人々に見せつけた場面でした。
ホワイトハウスでの晩さん会でスピーチした習近平主席は「80年以上前、中国とアメリカの両国国民は、日本軍国主義の侵略者に対し、肩を並べて反撃した」と発言しました。一方のトランプ大統領も歓迎式典で、第2次世界大戦で米中が「同盟国」として共に戦ったと発言しています。アメリカに行っても日本への批判が飛び出したわけですが、これらに対する評価は学者や現地で取材した記者たちに任せましょう。
私は、テレビやラジオのニュース、あるいは新聞報道ではほとんど出てこなかった「もう一つのポイント」についてお話ししたいと思います。それは習近平主席の健康問題です。記事にはしなかったものの、どのメディアも、とりわけ映像メディアは、ワシントンでの習主席の動向や所作を追ったはずです。
訪米直前のインドで流れた「失神デマ」
中国政府の公式発表によると、習主席は1953年の6月生まれで現在73歳です。上背はあるし恰幅もいいですが、身体のどこかに問題があるのでしょうか。
今回、世界のメディアが習主席の一挙手一投足をウオッチしたのにはわけがあります。訪米直前のこと、一部で習主席の健康不安説が流れたのです。
訪米の10日余り前の9月12日、習主席は新興国が集うBRICS首脳会議に出席するため、インドを訪問しました。ホスト国であるインドのモディ首相が、冒頭演説を始めて間もない時、モディ首相は演説を中断しました。そして、5メートルほど左手に座っていた習主席に向かって、英語でこう声をかけたのです。
「Is it OK?」
つまり「大丈夫か?」と気遣ったのです。その時、習近平氏の様子が映像に流れなかったこともあって、さまざまな憶測が飛び交いました。習主席が首脳会議中に「失神した」「また脳卒中で倒れた」という情報です。「アメリカと並ぶ」ともいわれる中国で、自らに権力を集中させてきた習主席が倒れたとなれば一大事ですが、真相はどうだったのでしょうか。
実は、これはデマでした。インドのモディ首相の演説の場面に戻ると、首相は確かに10秒あまり演説を止めました。どうやら、習主席が耳に付けていた同時通訳を介したイヤホンの調子が悪く、聞こえなかったようです。それでモディ首相が習主席の方を向いて「Is it OK?」と確認したというのが真相です。
のちに、インドの外務省やメディアがさまざまな映像や静止画を公開して、デマを打ち消しました。「倒れたはず」の12日の翌日である13日も、習主席がインドで活動する様子が確認されています。一方で、デマの一つとして、BRICS首脳会議中に習主席が苦しそうに顔をゆがめる写真もネット上で出回りましたが、これはAIで加工されたものであることが確認されています。
「習近平後の中国」を願望する反体制活動家たち
いったん帰国した習主席は夫人を伴い、23日からアメリカ公式訪問に出たわけですが、どうしてこのようなデマが流れるのでしょうか。
ひとことで言うと、「そうあってほしい」「習近平が大きな健康不安を抱えていてほしい」と願望する人たちがいるからです。発信したのは、アメリカに亡命した中国出身の反体制活動家たちでした。誰もが自由に発信できる今日のネット万能社会が、それを後押ししています。「習近平はインドから北京に搬送され、中国軍の病院へ入院した」という発信までありました。
実は今回、アメリカ国内からデマ情報を流した中国人の反体制活動家を、私はかつて中国国内でインタビューしたことがあります。中国では外国人記者の取材には中国当局の許可が必要な場合が多く、もちろんこれは中国当局が許可しないルール違反の取材でした。
この男性は私が取材した後、中国当局による締め付けが厳しくなり、ロシア極東を経由してアメリカに亡命しました。中国の民主化を実現したいと熱っぽく語り、強い目力で私を見据えた場面を、今も鮮明に記憶しています。ただ、彼の願った社会は未だ中国では実現していません。「習近平後の中国」を願望するとはいえ、デマを流し続ける行為は正直、残念でしかありません。
4期目を目指す習氏にとっての「最重要課題」
さて、肝心の習近平主席の健康問題ですが、実際のところはどうなのでしょう。73歳という年齢を普通に考えれば、身体のどこかが不正常になっても不思議ではありません。
ワシントン郊外の空軍基地に到着した特別機(B-747型機)の高さ約5メートルのドアから、習主席は左手を脇の夫人とつなぎ、もう片方の右手で手すりを持ちながらタラップを降りました。傾斜が急な階段をゆっくり降りましたが、足取りがおぼつかないということはありませんでした。
ワシントン滞在の3日間、予定通りスケジュールをこなし、公開された映像や写真を見る限り、健康上の大きな問題を抱えているようには見えませんでした。インド訪問を前に、同じ9月に中央アジアのキルギスやエジプトを歴訪しています。健康不安があれば、外遊はしないでしょう。
中国のトップの健康状態は、まさにトップシークレットです。そして、最高水準を持つ特別な医療チームが健康状態をチェックしています。だから、習主席の健康問題の本当のところは我々外部の者にはわかりません。ただ、世界中に見せつけた国賓としてのアメリカ訪問に、健康問題を抱えたまま出発するとは考えにくいでしょう。
一方で、今回はデマが判明したケースとは別に、習近平氏の健康に関する情報は繰り返し流れます。それもあり、中国研究者やウオッチャーが習主席の一挙手一投足を注視するのです。
帰国してちょうど1か月後には、中国共産党の重要会議の開催がすでに予告されています。それは1年後に開く、5年に一度の共産党大会につながります。そして権力維持に執念を燃やす習近平氏は、4期目の任期入り、つまり任期を全うすれば計20年の長期政権を目指しています。健康は、習近平氏自身にとって、ある意味で最重要課題と言えるかもしれません。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。






















