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「ひとまず」とはいえ安定基調にあると見られていた米中関係ですが、中国の習近平国家主席のアメリカ訪問直後に、新たな摩擦要因が浮上しました。アメリカ、中国、そして台湾が深く関係するこの問題について、東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、10月12日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演して解説しました。
アメリカ在住の中国系女性がスパイ容疑で逮捕
きょうのキーワードは「スパイ」、そして「外国の代理人」です。まずは、このニュースから紹介しましょう。
「FBI(アメリカ連邦捜査局)は、アメリカ在住の中国系女性をスパイ行為の疑いで逮捕しました。この容疑者は、アメリカ国内に住む台湾の頼清徳総統の長男とその家族を監視し、家族や自宅、自家用車のナンバープレートなどを動画や写真で撮影していた疑いがあるということです」
アメリカに住む台湾総統の家族に関する情報を入手していたという、おどろおどろしい話です。米CNNによると、この女性容疑者は入手した情報を「中国当局の指示役」に報告していたといいます。女性容疑者は先週4日、ロサンゼルスの空港から中国・上海への航空機に乗ろうとしていた時に身柄を拘束されたとされています。
つまり、この容疑者はまさに「スパイ」であり、中国当局の指示を受けた「外国の代理人」だったというわけです。
詳しく説明していきましょう。頼清徳総統の長男である頼廷宇(らい・ていう)さんとその家族は、アメリカ西海岸のシアトルに住んでいます。逮捕された34歳の女性容疑者は、同じ西海岸でもシアトルから南へ1000キロ以上離れたロサンゼルス近郊で不動産業を営んでいました。彼女は中国当局の指示を受け、シアトルへ飛んで総統の長男家族の情報を集めていたというのです。
中国当局との接点と「iCloud」が暴いた証拠
気になるのは、この女性容疑者がどこで、どうやって中国サイドとつながり、スパイ行為を指示されたのかということです。
アメリカの新聞『ニューヨーク・ポスト』の報道によると、この女性容疑者は昨年6月に一時帰省した中国で、学生時代の同級生の紹介を通じて中国当局者と知り合ったといいます。そして、その当局者から頼清徳総統の長男家族を監視するよう指示を受けたとされています。彼女がなぜ指示を承諾したのか、あるいは承諾せざるを得ないような背景(金銭目的か、弱みを握られていたのか)があったのかどうかは、まだわかっていません。
さらに気になるのは、台湾総統の長男家族を標的に監視していたことが、どのように証明されたのかという点です。
これもアメリカメディアの報道によりますが、FBIは女性容疑者の「iCloud」アカウントに着目しました。調べてみると、指示した側の連絡相手に対してメッセージアプリを通じて行動を伝達するとともに、撮影した写真や動画を送信していたことがわかったのです。これらが決定的な証拠となったようです。
あらゆる情報が「台湾統一工作」の武器になる
FBIの発表どおり、中国当局がこの中国系女性容疑者に指示して、頼清徳総統の長男家族の情報を集めていた狙いはどこにあるのでしょうか。
総統の長男自身は政治家ではありません。しかし、総統本人ではなくても、その親族や総統の周囲にいる人たちのありとあらゆる情報は、高い価値を持ちます。ましてや、中国共産党は頼清徳総統を「台湾独立派」と決めつけ、警戒し敵視しています。総統本人やその周辺のプライバシーも含め、積み重ねた情報は頼総統本人を丸裸にし、中国の対台湾統一工作に活かされていくわけです。些細な情報であっても、彼らにとっては貴重な武器になります。
敵対する台湾のトップの家族というだけで今回は大きな注目を集めましたが、VIPではなくても、監視や情報収集は日々行なわれているのでしょう。
握った情報によって相手を脅迫できるというのは、過去の事例からも明らかです。2004年にこんな出来事がありました。上海の日本総領事館に勤務していた男性領事が、遺書を残して自ら命を絶ちました。この領事は、東京の外務省本庁と上海の総領事館の間で交わされる暗号通信を担当していました。遺書には「外交機密に関連する情報の提供を、中国側から強要されていた」と綴られていました。中国の情報機関が領事とある中国人との交流、つまり「弱み」をネタに迫った末の悲劇でした。中国側が日本人領事の身辺を徹底的に調べ上げていたわけです。
台湾が非難する中国の「越境弾圧」
今回のスパイ摘発に対し、当然ながら台湾サイドも黙っていません。台湾総統府のスポークスマンは、次のように中国側を糾弾しています。
「これは典型的な越境弾圧です。人権を無視し、野蛮な行為によって自由と民主主義を希求する人やその家族を抑圧し、脅迫する行為を、われわれは最も厳しい言葉で非難します」
「越境弾圧」という表現に注目してください。弾圧とは、中国当局が中国国内において少数民族や宗教を弾圧するだけではありません。中国国外で、とりわけ自由主義国家へ越境してこのような行為に及ぶことを非難しているのです。
台湾総統府のスポークスマンはさらにこう言及しました。
「わが国の国民に対するアメリカ司法当局の支援と保護に感謝します。台湾は今後も、アメリカを含むすべての民主主義の友好国・同盟国と協力し、こうした越境弾圧といった違法行為を共同で対抗していきます」
同床異夢とはいえ、米中関係がまずまずうまくいっている中で、台湾側には焦りもあったはずです。そんな折にこの事件が摘発されたことで、「アメリカに感謝」という思いが強まったのでしょう。
複雑に絡み合う米・中・台の思惑
今回のスパイ容疑事件を摘発したFBIのパテル長官は、その成果をSNSに投稿し、こう誇示しています。
「アメリカは、アメリカの敵対勢力が好き勝手に活動できる場所ではない」
アメリカの連邦法には「外国代理人登録法」という法律があります。外国の政府や政党などが個人であれ法人であれ、アメリカ国内で政治活動やロビー活動、広報宣伝などを行う場合、その活動内容や資金の流れを司法省へ登録・公表することが義務付けられています。
ロシアのプーチン大統領は時折「外国の代理人」という表現を使いますが、これはスパイや反体制活動家たちを指します。一方、アメリカの「外国代理人登録法」は、合法的な活動であっても登録制にしています。今回の女性容疑者は、中国当局のために活動していることをアメリカ政府に届け出ていなかったわけです。
FBI長官が言うように、中国はやはり「アメリカの敵対勢力」なのでしょうか。今や「世界の二大国」とも言われる米中の関係は複雑です。
空港での逮捕は中国へ逃れるのを阻止するためだったと考えられますが、一方で、摘発直前に行われた習近平主席のアメリカ公式訪問が終わるのを待ってから動いたという意図があったのかもしれません。いずれにせよ、米中関係、そしてそこに台湾を挟むとなれば、波風は簡単に収まりそうにありません。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。





















