【特集】「戻りたいのも山々だけど…」市場を去る人も-旦過市場の火災から1か月

「北九州の台所」こと旦過市場一帯で起きた大規模な火災から19日で1か月が経った。被災した店の中にはすでに別の場所で営業を再開したところもあれば今後に頭を悩ませているところもある。膨大な瓦礫の撤去がいつ終わるか見通せず「戻りたいのは山々だけど…」と市場を後にした人もいる。去る人、残る人それぞれに負担がかかっている。

旦過市場北側の大通り沿いにある焼き鳥店。19日未明の火災で全焼し、中は原型をとどめていない。

記者が店を覗くと炭化して斜めに崩れた柱と床に散らばった瓦礫が見えた。女将の有田帆波さん(33)に話を聞いた。発生直後に市場の近くに住む知人から連絡を受けて急いで店へと駆けつけたという。

全焼した焼き鳥店・有田帆波女将「着いたときには店はまだ焼けてなかった。みるみるうちに2階が焼け出して1階にも。消防車ももっと来てと思いましたし、私も水をかけに行きたかった」

店があった場所はさら地になる予定だ。有田さんは同じ場所での営業再開を断念し、200メートルほど離れた市場の外に新しい店を出すことにした。オープンは今年9月の予定だ。

有田女将「前の旦過店と同じように棚を作って地酒を並べたい。一日でも早く店を立ち上げて来てくれてたお客さんに忘れて欲しくない、あのときの気持ちのままいきたい。今まで以上に気持ちだけは強く持って、お客さんに絶対にまた来て貰えるように、ゼロからになるかもしれないけどそういう店を作り上げたいです」

鮮魚店があった場所で通りから穴の開いた2階を眺める男性がいる。店は旦過市場で100年以上も続く老舗だった経営者の永田源一郎さん(73)は4代目だ。

2階の奥は焼けて木の柱が骨組みだけとなり、アーケードに面した壁の一部が残っている。窓はすでに取り除かれていた。永田さんは片付けの様子をじっと見守っていた。

永田社長「近くに住んでいる人がいるから電話が朝かかってきて。着いた時は全然近寄れなかった。何も思い浮かばんかったね、最初は震えがきた」

永田さんは客に迷惑はかけられないと元日以外は毎日、店を開けてきた。客や市場の関係者からは“源さん”の愛称で親しまれている。

市場の人「源さん、老舗中の老舗で北九州でナンバー1という魚屋さん」「最初は怖い人なのかと思ったけれど、ペーペーの自分に挨拶もしてくれます」

そんな“源さん”は火災の後、旦過市場を離れた。今は中央卸売市場(小倉北区)の加工場を借り、飲食店に魚を納めている。火災ですべて燃えてしまったため冷蔵庫やまな板は買い直した。

永田社長「お客さんに迷惑がかかる休んだら。(火事のことは)思い出さないようにしている。一生懸命やるだけ」

逆境の中で仕事が続けられるのは、客から寄せられた励ましの言葉のおかげだという。

永田社長の妻・千代子さん「本当に皆さんにお世話になりましたよ、感謝しかない」
永田社長「長いお付き合いだからね」

しばらくは卸売市場の加工場で営業を続けることにしている。一方で旦過市場への思いは今も強く、店がさら地になれば以前と同じ場所で営業を再開したいと考えている。しかし、がれきの撤去がいつ終わるかは見通せず、先行きは不透明のままだ。

永田社長「口で言い表せないけど先代からずっと預かっている店だから潰すわけにはいかない。発展するように心がけて頑張ってきたけど…。旦過市場に戻ってきたいのは山々。さら地になってから考えます」

被災した人たちが旦過市場に戻るか決めかねている背景には再整備事業もある。今の計画では2027年度に市場一帯が新しく生まれ変わることになっているのだ。その間の数年間のために自費で店を建て直すか、それとも別の場所に移るか…。店を失った人たちの悩みは尽きない。

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