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往復2万5000キロのオイルロードに出航 目指すはペルシャ湾~タンカー「日章丸」同乗取材記

東日本大震災から12年。日本のエネルギー自給率は12.1%(2019年度)と他のOECD諸国と比べても低い水準のままだ。日本は原油の約90%を中東産油国に依存。今も日本経済の生命線であるオイルロードを行き来するタンカーに同乗取材した。10回シリーズの1回目。(2013年8月30日~同年10月12日)

五代目「日章丸」に同乗取材

「日章丸」。一度に原油30万トンを運ぶ、出光グループの巨大タンカーだ。この船の名を、ベストセラー『海賊とよばれた男』(百田尚樹 著)で記憶している人も多いかもしれない。ハイライトの一つとして描かれている「日章丸事件」だ。

「日章丸事件」1953年

敗戦から8年後の1953年、当時の二代目・日章丸は、戦勝国イギリスの圧力に屈することなく、イランの原油を日本へと運んだ。60年前の事件当時は二代目、今は五代目となる日章丸に同乗した。

RKB久間直樹「東京湾です。数多くの船が行き交う中で、ひときわ大きなタンカーが入ってきました。日章丸です。船の長さは333メートル、東京タワーの高さと同じです。幅も60メートルありますから、かなり大きな船です。日章丸は中東産油国から約30万トンの原油を運んできました。日本国内で消費する半日分に相当するということです」

船の長さは東京タワーと同じ

RKB久間直樹「東京湾です。数多くの船が行き交う中で、ひときわ大きなタンカーが入ってきました。日章丸です。船の長さは333メートル、東京タワーの高さと同じです。幅も60メートルありますから、かなり大きな船です。日章丸は中東産油国から約30万トンの原油を運んできました。日本国内で消費する半日分に相当するということです」

シーバースで原油積み上げ

海上のシーバースと呼ばれる施設からパイプラインを通して、原油を陸上のタンクに積み上げる。2日間の作業だ。日章丸は作業が終わると、すぐに再び中東の産油国へと向かう。乗組員は1年の3分の2をタンカーで生活する。

久しぶりに家族と面会

*通船で家族がシーバースに訪れる

松本船長(44)「家族に会うのは、5月に乗ってからですから4か月ぶり弱くらいですね」

久しぶりに一緒に過ごそうと、乗組員の家族が2泊3日で訪れた。

松本船長の妻「子ども達は船に来るのが楽しみみたいで」

あっという間に…

瀬戸口機関士の家族も泊まりがけで訪れた。

瀬戸口・一等機関士「なんかほっとしますね。3か月ぶりです。この船は定期的に入る港がわかっているから会いやすいです」

家族と過ごす時間は、あっという間に過ぎてしまう。

*家族が下船し陸上へ

松本船長「次は、2か月後」
瀬戸口機関士「ちょっと涙もろいんで、見える間はすごく悲しいですね」

乗組員は再び往復2万5000キロのオイルロードを、1か月半かけて行き来する。タンカーが運ぶ原油が日本の経済に必要不可欠である事実は、昔も今も変わりはないのだ。8月30日、日章丸は中東・ペルシャ湾を目指して出航した。

ペルシャ湾を目指し出航

乗組員は再び往復2万5000キロのオイルロードを、1か月半かけて行き来する。タンカーが運ぶ原油が日本の経済に必要不可欠である事実は、昔も今も変わりはないのだ。8月30日、日章丸は中東・ペルシャ湾を目指して出航した。

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