カルトか信仰か「イエスの方舟」のいま…共同生活に密着したテレビマン
普段ドラマを制作している若手テレビマンが取り組んだドキュメンタリーは、「イエスの方舟」への密着取材だった。1980年代に「美しい女性を次々と入信させてハーレムを形成しているのでは」と社会問題となった。40年経った今、福岡県で女性ばかりの共同生活を送っている。地元のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』コメンテーターのRKB神戸金史解説委員が、取材した佐井大紀ディレクターに話を聞いた。
全国から注目を集めた「イエスの方舟」
神戸金史解説委員(以下、神戸):私たちの仲間であるTBSテレビは、関東ローカルのドキュメンタリー枠を持っています。隔週日曜の深夜に放送している『ドキュメンタリー「解放区」』という45分番組です。見逃し無料配信動画サービス「TVer」に上がっているのでぜひ見ていただきたいのが、6月18日に放送された「方舟にのって~イエスの方舟44年目の真実~」です。
「方舟にのって~イエスの方舟44年目の真実~」(TVer)
神戸:「イエスの方舟」とは、1980年代に全国に知られた謎の集団。東京・国分寺市から10人の女性がこつ然と姿を消したとして、大騒ぎになりました。聖書を読むその会の主宰者は千石剛賢(たけよし)さんと言い、当時世間から「千石イエス」と呼ばれました。
(中洲「シオンの娘」で話す「千石イエス」)
神戸:「美しい女性を次々と入信させてハーレムを形成しているのでは」と、週刊誌上で大騒ぎに。「洗脳」だとか「人さらい」だとかと言われて国会でも取り上げられ、警察から名誉毀損や暴力行為の疑いで全国に指名手配されました(後に嫌疑不十分で不起訴)。その当時は、ワイドショーを席巻するような騒ぎでした。
(取材陣に取り囲まれる「千石イエス」)
神戸:この「イエスの方舟」は福岡に来て、共同生活を送って40数年になります。中洲で「シオンの娘」というクラブを経営していました(2019年閉店)。その「イエスの方舟」をTBSテレビの番組が取り上げたので、びっくりしました。「地元の私達がやらなきゃいけない取材をTBSにされてしまった」という若干の悔しさもありつつ、制作者に話を聞いてみたいと思いました。
43年前の社会問題に取り組んだ理由
神戸:制作者は、佐井大紀さん。TBSのドラマ制作部にいる29歳の作り手です。
(TBSテレビ佐井大紀さん)
佐井大紀(さい・だいき)
1994年、神奈川県生まれ。2017年TBSテレビ入社。日曜劇場『Get Ready!』『階段下のゴッホ』といった連続ドラマのプロデューサーを務める傍ら、監督したドキュメンタリー映画『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』『カリスマ~国葬・拳銃・宗教~』が今年劇場公開された。その他にも、2021年には企画・プロデュースした朗読劇『湯布院奇行』が新国立劇場・中劇場で上演。ラジオドラマの原作執筆や文芸誌への寄稿など、テレビメディアに留まらないその活動は多岐にわたる。
神戸:佐井くんは、どうしてこのテーマをやろうと思ったんですか?
佐井: 40年ぐらい前に、ビートたけしさん主演でTBSがドラマ化していて、僕はCS放送で見たんです。ほかにも、「大久保清事件」とか「エホバの証人」とかいろいろ、ビートたけし主演の社会派ドラマがあり、入社2~3年目ぐらいの時にまとめて見ました。
佐井:それから統一教会の問題があって。でも直接、統一教会を取材するのではなく、違う団体を取材することによって、宗教と個人を浮かび上がらせよう、それで逆に普遍性を出そうと試みたくて、大久保竜プロデューサーと話している時に「イエスの方舟」の名前が挙がったんです。僕も元々すごく関心があったので、(方舟関係者のところに)行ってみたら、すごく深いところまで取材させていただいたという経緯です。
田畑竜介アナウンサー(以下、田畑):私もこの番組を見ました。改めて、宗教を理解する難しさと言うか…ピュアに入信していると、すごく純粋に救われているわけです。見ていると、とても批判的には思わない。だけど家族の立場になると、ある日突然こつ然と姿を消され、心配で仕方がない。
神戸:当時も、家族から捜索願が出て騒ぎになったんです。今回の番組を見て初めて知ったことも多いんですが、福岡県古賀市に教会兼自宅があって、中洲の店も今は移転して、コロナ明けの今年5月8日に古賀市で新しい「シオンの娘」を開店しています。店では、一切女性たちはお酒を飲まない。キャバクラのように隣に座ることもなく、ショータイムでお客を楽しませる。これは、共同生活の糧なんです。
「共同生活のルール」
神戸:恋愛は自由だが、結婚したら共同生活から離れる。毎朝8時から9時に起きて、動物の世話や朝食を各々で済ました後、12時頃から1時間、聖書の勉強会。そのあとに、皆で揃って昼食をとる。原則として、単独での外出はしない。店の売り上げは、経費を除いて全て貯蓄。つまり、個人の財産は持たない。
(古賀市の教会で聖書を学ぶ)
神戸:現在、共同生活しているメンバーは12名。正会員は全国で28名、協力者を入れると100人以上というグループになっています。決して孤立しているわけではなく、お店を開いてお客さんを入れていますし、店長は中小企業家同友会の会員にもなっています。
「中に入って見れば、普通のいい人たち」
神戸:彼女たちは、宗教的なつながりを持った集まりではあると思うんですが、「宗教団体ではない」とも言っています。どういう人たちだという印象ですか?
佐井:僕の印象は「普通の人」なんですよね、みんな。個々人と話していくと、普通のいい人たちなんです。ただ、「イエスの方舟」という“外側”を見ると、やっぱりちょっと普通じゃない気がする。中に入っていくと、全員普通。
佐井:でも、いざ自分の恋人や奥さんや娘が「イエスの方舟に入りたい」と言ったら、進んで送り出すかと言ったら、そうは言い切れない自分がいて、この距離感が、すごく難しかったです。取材をしていく過程で、彼女たちの受けている誤解を解きたいと気持ちが動いていていったんですけど、彼女たちの生きざまを肯定して、「素晴らしいものなんだ」という風な立場に立つことは、彼女たちは宗教じゃないと言っていますけど、それって宗教に入ったことにかなり近い立ち位置だったりするので、公共の電波=テレビで発表する難しさを感じました。
神戸:「千石イエス」こと、代表の千石剛賢さんは2001年に亡くなって、今の責任者は妻のまさ子さん。89歳になってから絵を描き始め、売り上げは児童福祉施設に寄付していると言います。もう90歳なんですが、ステージに立ってお客さんを楽しませているという話です。
(新しい「シオンの娘」でマイクを握る千石まさ子さん)
「信仰」をテレビで報じる難しさ
神戸:取材する佐井さんもかなり悩んでいたようです。感情移入して「いい人たちだ」と前面に出していってしまうと、どこかでプロパガンダのようになってしまうんじゃないかという懸念もあったそうです。
佐井:ドキュメンタリーというのはすごく、主観的な方法論だと思うんですが、主観的な方法で宗教を扱うことがこんなに難しかったのか……編集して構成している時、自分がその気がなくても「プロパガンダ以外の何物でもない」ような仮編集が上がってきて、それがやっぱりすごくきつかったですね。
佐井:でもフラットにしたら、自分が取材していることの意味がなくなってしまう。「語り口」みたいなものをどういうふうにしていくか、取材対象との距離の取り方という点と、どういう語り口にするかっていう2点が、かなり難しかったです。
神戸:ナレーションも佐井さんが自分でやっていて、なかなか面白かったです。映像表現もすごかったでしょう?
田畑:今の若い感性をすごく活かした編集で、割とテンポの速いカット編集をしていましたね。
神戸:電話取材のシーンでは、電話だけをずっと固定で撮っていて、声だけが入ってくる。今の若手は、こういう大胆な表現もありうる。この番組の「懐の広さ」みたいなものを感じました。今のドキュメンタリーシーンの先端にあるような表現だと思いました。そして、そこに載ってくるのが「44年目の真実」、イエスの方舟でずっと変わらず生活をしている人、というのも面白いと思いましたね。
神戸:私たちの近くで、彼女たちはどういったことを考えて暮らしているのか。私達の社会は、どう考えていくのか、統一教会の問題などが起き、宗教についていろいろな見方がありますが、一つの題材として考えるのにとてもよい番組ではないかと思います。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。