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従業員も顧客も平均60代の着物店が“内製化”でDX成功~「手帳のお宝はどうなってしまうのだろう」からDB構築→コンテスト「大賞」に輝く

国内最大級のコンテスト「日本DX大賞2023」で大賞に輝いたのは、平均年齢61歳の地方の“老舗着物店”だった。この店は、▽ベテランの接客ノウハウのインハウス継承、▽顧客の着物を預かり、その状態を確認できる独自アプリ「デジタルクローゼット」などのプロジェクトを立ち上げ、業務の効率化や新規事業につなげている。顧客の平均年齢もまた60代。従業員も顧客も一般にITが苦手と言われる世代にも関わらず「内製化」で果敢にDXに取り込み、新たな顧客体験(UX)を提供していることが高く評価された。

「手帳のお宝はどうなってしまうのだろう」顧客情報の“属人化”を懸念→資産に


九州を中心に約80店舗を展開する着物販売店「鈴花」(佐賀市:森啓輔社長)。創業123年を迎えた老舗が抱える500人以上の従業員の平均年齢は61歳だ。一見、DXとは無縁に見えるこの企業に「DX大賞」受賞の報が届いたのは今年6月のことだった。

DX推進室・有田裕次室長「正直びっくりしました。今までやってきたこと、やろうとしていることが間違っていないというお墨付きをもらえた気がしました」

DXに取り組んだ理由の一つが“従業員の高齢化”だった。着物の販売は、ベテラン従業員の接客ノウハウに頼る部分も少なくない。勤続40年を超える83歳の販売員・山口千代子さんはまさにノウハウの塊だ。

山口さん「今月末、新作の着物をいっぱい用意した展示会を開きますの。お嬢様のお好きなピンクのお振袖もたくさんありますよ。きっとお似合いになると思いますよ」

気品ある丁寧な言葉遣いで購買意欲をくすぐる。手元には“達筆”で顧客の生年月日がびっしりと並ぶ手帳があった。有田室長は、顧客の好みを熟知した上で商品を提案する山口さんの接客を信頼している。同時に、顧客情報の“属人化”を懸念していた。小売業だけではなく様々な業界に共通する悩みがここにもある。担当がいないと販売戦略をたてにくい課題があった。

有田室長「山口さんが引退したらあの手帳の中のお宝データはどうなってしまうんだろう。お客様の情報が会社に何も残らないまま担当が辞めてしまうと、お客様も離れてしまうという懸念もあった。会社の資産として情報をみんなで共有して活用したいと思いました」

高齢の販売員の“IT苦手意識”にどのように向き合う?


同社がまず進めたのが、担当の販売員がそれぞれ持っていた顧客情報の電子化だった。社内でDXを推し進めるにあたって、いかにベテラン販売員の“IT苦手意識”を払拭できるかを入念に検討した。そのために▽販売員にとって便利になる、より接客がしやすくなるメリット▽なぜ社としてDXに取り組んでいるかの“目的”を丁寧に説明。もちろん「DX」という言葉は厳禁。専門用語も避け、拒否感が生じそうなポイントは先回りして対策した。手元の操作デバイスはタブレットに絞り、販売員が日常的に使っているスマホの延長線であることを強調した。

フロントエンドのアプリは、プログラミングの知識や経験がなくてもよいMicrosoft社のローコードツールPower Appsを使用し、若手社員が担ったという。こうして、ベテランの山口さんが長年にわたって手帳に書き溜めてきた顧客情報も貴重なデータとして電子化されたのだった。山口さんは、まだタブレットの操作に戸惑うこともあるものの、その効果をはっきりと実感している。

山口さん「抵抗はなかったですね。こういう時代だから何でも切り替えなければと思います。今はタブレットに情報が全部入っているから便利ですよ。毎朝ちょっと見て、そして今月のお客様の誕生日『あっ今日だった!』って思って電話します」

独自アプリによる新たなサービスも始めた。自宅で保管が難しい着物を預かり、スマートフォンでその状況を確認できるようにしたのだ。利用者が希望すれば手入れも行う。

有田室長「若い方やマンションで暮らしている方から、着物の和だんすがない、お手入れの方法がわからないという声があります。この ”デジタルクローゼット”は、日本で初めてのアプリになっていると思います。西日本にある店舗にしかお客様はいませんが、アプリやLINEは全国規模。本当に着物を好きな方が鈴花のお客様になってもらえる。これを励みにしてもっといろんなことに挑戦していきたいと思っています」

苦境が続く着物業界。同社は、「今後も伝統に捉われず、革新的な挑戦を続けたい」と意気込んでいる。

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この記事を書いたひと

野島裕輝

1990年生まれ 北海道出身。NHK仙台放送局などで約7年間記者として事件・事故や行政、東日本大震災などの取材を担当。その後、家族の事情で福岡に移住し、福岡県庁に転職。今年2月からRKBに入社。