「不正コピー天国」「ニセモノ天国」というイメージが根強い“Made in China”。ニセモノの中でもいま、中国政府が力を入れているのが、ニセ酒の摘発だという。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、6月13日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で「特別な人しか飲めない極めて高級な酒を装ったニセ酒の摘発から、中国社会、中国の官僚社会の様子が見えてくる」とコメントした。
3か月間で200億円近くを荒稼ぎしたニセ酒
6月7日の現地報道によると、中国公安省(=警察部門)が、ニセモノの高級酒の摘発状況を公表した。それによると、今年に入り、48の犯罪組織を摘発し、417人を拘束したという。この3か月で押収したニセの酒の本数は、実に31万8000本。この摘発した本数は、去年の同じ期間の摘発より、大幅に増えているという。
公安省は成果を強調しているが、逆にいうと、それだけ「特別な人しか飲めない酒を装ったニセ酒」が流通していているということだ。そして、驚くのが、被疑者らが扱った金額。中国の通貨で総額8億9000万人民元。日本円に換算すると、およそ193億円に相当する。
中でも問題になっているのが、先ほど紹介した特別な酒。中国では「特別供給酒」「専門供給酒」、あるいは「内部供給酒」という名称を騙ったニセ酒だ。「内部」とは、特別な組織という意味。これらはコーリャンなどを原料にした中国のお酒(=中国酒)。部類でいうと、蒸留酒に属する。
限られた省庁や部隊だけに提供される高級酒
ここに中国の官僚社会の特殊性がある。中国では「特別な組織の、特別な階級にある人たちだけに提供される酒」というのが、長く存在してきた。「特別供給酒」「内部供給酒」という名称は、まさにそれ。たとえば、人民解放軍において、ミサイル部隊だけに提供される高級酒、また、政府機関の中央官庁でも、〇〇省だけに出回る高級酒…というのがある。
私は中国に駐在していたころに何度かそれらを飲む機会があった。北京に人民大会堂という大きなホールがある。そこでの宴会で、人民大会堂の中だけで提供されるという触れ込みの酒が出された。また、中央の目が届きにくい地方へ行くと、一緒に食事する地方政府の高官から「これはあなたを歓迎するための特別な酒だ」と勧められたことがある。善意なのか、なにか思惑があるのか。こういう時は注意しないといけない。
日本でもレアものの高級ウイスキーに、市場価格をはるかに上回る値段が付いて、取り引きされているという。だけど、役所だけに流通している酒というのは聞かない。
中国でも、「レアもののお酒を飲んでみたい」、また「エリートだけが飲めるという酒を手に入れたい」という富裕層は少なくない。また、人間だれだって見栄を張りたいし、そういう酒を持っていたら、他人から羨ましがられるという心理が働く。ステータスや体面の問題かもしれない。
また、接待用に「このお酒は、ふつうは飲めないものです」「特別ルートで手にいれたのです」といえば、熱心さが伝わり、商談にも使える。酒の味がうまいかどうかは二の次なのだろう。そこに付け込んだ模造品、高級酒のニセ酒だ。
ラベルやケースは“立派なニセモノ”中身は粗悪品
実際に、ニセ酒ということで、ビンの中に入っているお酒はほとんどのケースで粗悪品だ。パッケージこそ、「人民解放軍〇〇部特別供給酒」とか「政府〇〇省内部供給酒」なんて、印刷された豪華なもので、ビンもそれらしい立派な陶器を使っている。ただし、中身は市販されている安い蒸留酒をそのまま。または何種類の蒸留酒を、混ぜてビンに注いでいるようだ。
中国公安省が発表した、ある摘発されたケースはこうだ。500CCあたり、日本円で200円ぐらいの安い酒を買う。これに、著名な酒造メーカーを騙ったニセのビンやニセのラベル、ニセのケース、ニセの専用紙袋を付けると、1本あたりの製造費は日本円で400円。つまりかかった費用は合わせて600円程度だが、これを「特別供給酒」「内部供給酒」として、日本円で8000円からその倍の1万6000円で販売していたという。暴利もいいところだ。
それらのニセ酒は、インターネットを使った販売ルートが主流で、足がつきにくい。さらにネットやSNSで「政府機関の醸造所に特別なルートがある。だから『特別な酒』をあなたに提供できる」などと宣伝しているようだ。摘発しても摘発しても、イタチごっこのような状態が続いているという。
また、安い酒は人体に悪い影響を及ぼしかねない。対策として、食品や飲み物の品質を監督する官庁は、共産党や政府機関、さらに軍隊に向けて「特別供給酒」「内部供給酒」といった表示を含む酒の生産、販売を禁止しようとしている。これらは長く、それぞれの組織の資金獲得の源にもなってきた。特別な酒を一部、組織外にも売るという広告や商業宣伝活動に「禁止命令」を出すことを提案している。
限定酒でビジネスをしてきた特権階級を嫌う習近平政権
「特権を持った人たちだけが味わえる酒」にまつわるニセ酒の横行。そもそも、そんな特権があることがおかしい。習近平政権は、共産党や軍、それに政府機関からの腐敗撲滅、汚職追放に、熱心に取り組んでいる。習近平主席自身への権力を集中し、絶対服従を命じている。
一方で、特権を持つ人たちへの不満は、庶民の間には根強い。「特別供給酒」「内部供給酒」は、特別な地位を持ち、特権を享受する人たちと、庶民の乖離・距離を象徴するものだと言えるだろう。
同時に、特権階級がそんな酒を外部に売ってビジネスにもしてきた。共産党、軍、官庁は本来、そんなビジネスをするところではないはずだ。腐敗の温床にもなっているわけだし。質素倹約にも反する。だから、さまざまな組織が独自に持つ、いわばブランド酒、「特別供給酒」「内部供給酒」の製造をやめさせようとしている。
中国で特権を持つ人たち、また富裕層のメンツが生み出したようなニセ酒。日本円で200億円近い、荒稼ぎになったというから驚く。そこには珍しい酒を手に入れたいというメンツ。それに共産党や軍、中央官庁が、特別な酒でお金稼ぎをしてきたという背景もありそうだ。
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この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。