今年の「土用の丑の日」は7月26日。この前後にうなぎを食べる習慣は、江戸中期の学者・平賀源内が発案した宣伝文句によって江戸っ子の間に広がったといわれている。現代ではスーパーやコンビニをはじめ、ファストフード店でも販売されるほど定着し、まさか200年後の日本人にこれほど食べられるようになるとは平賀源内も想像していなかっただろう。日本人のうなぎ食の歴史は縄文時代まで遡り、江戸時代になると「蒲焼き」が庶民の間で流行し、栄養豊富で食欲の落ちる夏場のスタミナ食として大いに重宝された。この時期、北九州でうなぎを食べるなら、絶対に間違いないのが「田舎庵 小倉本店」である。
創業は昭和元年で今年ちょうど百周年を迎える老舗にして、熟練のうなぎ職人である専務の緒方仁さんは4代目にあたる。当初は八幡製鐵所(現・日本製鉄)本事務所近くで料亭として開店し、先代・緒方弘さんの時代に小倉に移転してうなぎ専門店にリニューアル。弘さんが創意工夫を重ねた「こなし」という技法で焼き上げるうなぎは小倉の食通の間で評判となり、今や押しも押されもせぬ名店として知られている。1・2階合わせて80席の大バコながら、毎年夏の「土用の丑の日」の前後約2ヵ月間のランチタイムは連日ほぼ満席になるというから、地元客にいかに愛されているかは推して知るべしである。
7・8月の繁忙期はコース料理の提供がないので、今回はアラカルトで注文することに。まずは、前菜として「うざく」と「肝焼」からスタートした。サッパリとした酢の風味が食欲を呼び覚まし、粉山椒のピリッとした刺激がさらに胃の腑を活性化してくれる。キリッと辛口の日本酒に合うのは、言わずもがなである。
タレをつけずに焼き上げる「白焼」は、カリッとした皮目とふんわりした中身のコントラストが信条だ。箸先で本ワサビをちょびっとのせ、小皿に注がれた辛口丸大豆醤油のタレに漬けて食べれば、さらにその真価を発揮する。と、ここまでは国産養殖鰻を使った料理だったが、この店の本領は何といっても国産天然鰻にある。
まず最初に断っておきたいのは、天然鰻の漁期は5月頃から秋にかけてに制限されており(地域や自治体によって異なる)、その間安定して提供している店は全国的に見ても珍しいということ。全国から食材が集まる東京や、うなぎの名産地と知られる静岡県、琵琶湖を擁する滋賀県など一部の専門店でも提供しているが、そのほとんどが完全予約制かその日の入荷次第。しかも値段は時価が多く、1万円から2万円以上というのが相場である。ところが「田舎庵」では、シーズンを通して白焼、蒲焼、せいろ蒸し、鰻重といったメニューがすべて8,250円均一! 日本全国を見わたしても、希少な天然鰻をこれほどリーズナブルに食べられる店は「田舎庵」をおいて他にない。
この日は島根県宍道湖産の天然鰻が入荷しており、まずは日本酒とともに蒲焼きで食べた後、ふっくらと仕上げたせいろ蒸しを堪能。天然鰻は産地や獲れる時期によって味が異なり、今回の宍道湖産は比較的あっさりとした味わいながらも、気にはならない程度の小骨に天然ものならではの野趣が感じられる。仁さんによると、「当店では"うなぎに火を喰わせる"という言い方をしますが、うなぎは焼けば焼くほど美味しくなります」。この技法は世界にも通じるようで、仁さんは北イタリアの地方都市・コマッキオで開かれる「うなぎ祭」に毎年参加しており、自慢の「蒲焼き」を現地で振る舞っている。なんと今年の秋にはバチカン市国のイベントにも招待されているそうで、日本の食文化を世界に広める大役も担っているのだ。
「うちの店は創業してたかだか百年ですが、日本人は5千年前からうなぎを食べてきた歴史があります。今や天然鰻のシェアは全体の0.2パーセント程度に過ぎませんが、国産の養殖鰻が一般的になったのは50年から70年ほど前で、それまでは天然鰻しか食べていなかったのです。天然鰻の減少については様々な要因があり、とても一言では語れませんが、一度失われた食文化を取り戻すことは容易ではなく、二度と口にすることができなくなる可能性があります。私たちは日本が世界に誇るうなぎ食の文化を後世に伝えるために、九州をはじめとする全国の天然鰻漁師と連携し、多くの人が食べられる価格帯を維持しながら天然鰻を提供しているのです」
クールな口調ながらも、ホットな心情を語る仁さんの言や良し。うなぎ好きを自称するならば、今年の夏は多少奮発してでもぜひ天然鰻をご賞味あれ。
田舎庵 小倉本店
北九州市小倉北区鍛冶町1-1-13
093-551-0851
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