PageTopButton

『体の贈り物』レベッカ・ブラウン/訳:柴田元幸

『体の贈り物』レベッカ・ブラウン/訳:柴田元幸

『体の贈り物』と聞いて、あなたはどんなことを思い浮かべるだろう。
この本は1994年にアメリカで刊行された。翌年には新しい薬と療法の誕生により、それまで死刑宣告であったエイズが、治療を受ければ長期間抱えて生きていける病気となる。本書は1人のホームケアワーカーの視点で綴られた、エイズ患者と「私」をめぐる連作短編である。汗の贈り物。肌の贈り物。飢えの贈り物、動きの贈り物…。もくじにはそんな物語が並ぶ。

身近な人の病気や死は耐えがたい。だからこそそれらと、もうすこしうまく付き合っていくことはできないかとよく考える。あるとき知人と話していて気が付いたのだが、私が耐えがたいのは他者の喪失以上に、大切な人が少しずつ死に向かっているのを顕著に感じたとき、そのさまを周りがネガティブに受け取ってしまうこと。それを途方もなく悲しく思う。できないことが増えていくのを、責めたり悲観したりもせずに、そばにいられたらいいのに、と思う。そうは言っても当事者になったとき、感情的にならざるをえないシーンが来ることも、容易に想像はできる。
リックができなくなって寂しいことのひとつは、日曜日の朝にベッドで朝食を食べることだった。土曜日の夜にバリーと映画をみて、リックがごちそうを作る。バリーのケアをしていたリックだが、バリーは亡くなり、そしてリックも同じ病気でケアをされる側になる。二人が大好きだったシナモンロールを「私」が偶然持っていったことをきっかけに、シナモンロールはリックと「私」にとっても特別な朝ごはんになるのだが、あるときリックが私をびっくりさせようと、自分でシナモンロールを買ってきて食卓をしつらえる。この物語のタイトルは「朝食の贈り物」ではなく、「汗の贈り物」なのだ。思うように動かない体で、時間をかけてシナモンロールを買って帰ってきたあと、体調をくずしてしまったリックの汗。
生きているということは、「肉体がある」ということだと思い出す。ホームケアワーカーの「私」は、患者の体にふれるシーンが多いということはもちろんだが、何人もの患者を見送ってもいて、だからこそ「体」の実存をすごく尊んでいるように思う。こんなにも「生」が尊ばれていることに、読んでいて心がきゅっとなり、まぶしいような気持ちにさえなる。自分の心のなかにいる人を思い返しながら、あれはあのひとの体の贈り物だったなと尊ぶこともできる。もらっていたはずの贈り物を思い出せる、あたたかな一冊だ。

著者プロフィール

レベッカ・ブラウン
1956年ワシントン州生まれ、シアトル在住。作家。翻訳されている著書に『体の贈り物』『私たちがやったこと』『若かった日々』『家庭の医学』『犬たち』、ナンシー・キーファーとの共著に『かつらの合っていない女』がある。『体の贈り物』でラムダ文学賞、ボストン書評家賞、太平洋岸北西地区書店連合賞受賞。

柴田元幸
1954年生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者。
ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベック、スティーヴ・エリクソン、レベッカ・ブラウン、バリー・ユアグロー、トマス・ピンチョン、マーク・トウェイン、ジャック・ロンドンなど翻訳多数。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、『メイスン&ディクソン』で日本翻訳文化賞、また2017年に早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。
文芸誌『MONKEY』(スイッチ・パブリッシング)責任編集。

書名: 『体の贈り物』
著者: レベッカ・ブラウン/訳:柴田元幸
出版社: ignition gallery
ISBN: 978-4-9912851-9-6
価格: 2,200円

テキスト天野加奈
1993年大分生まれ。2023年より本屋「文喫 福岡天神」ディレクターとして企画や広報を担当。
大切にしている本は『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂 著/晶文社)

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

この記事を書いたひと

muto(ミュート)

homePagefacebookyoutubexinstagram

大人の好奇心を旅するwebマガジン。旅、グルメ、アート、インテリア、車、ファッション等の新着ライイフスタイル情報を毎日更新中!