九州北部豪雨から5年 「長期避難世帯」認定解除も集落存続の危機 福岡・朝倉市

福岡と大分の両県で40人が死亡、2人が行方不明となっている九州北部豪雨から5日で5年です。甚大な被害を受けた福岡県朝倉市では、6つの地区が「長期避難世帯」に認定されました。去年、認定は全面解除されたものの、これらの地区では住民が戻らず集落の存続が危ぶまれています。

 

市役所で黙とう

朝倉市役所では5日朝、職員たちが黙祷を捧げました。5年前の7月5日、朝倉市は経験したことのない豪雨に見舞われました。

2017年7月の九州北部豪雨。福岡と大分の両県で、40人が死亡、2人が行方不明のままです。

被災した佐藤達美さん

被災した佐藤達美さん「あの当時から、時間が止まったような感じがしますけどね」

朝倉市杷木松末の乙石地区で暮らしていた佐藤達美さんです。

佐藤達美さん「家がこのあたりだったんですよね。川がそこ。そこから5メートルくらい高台に自分の家があったんだけど、裏側にも小さい沢があった。それが両方から・・・こことここは完全に流失ですよね、全壊」

「長期避難世帯」に6地区が認定

朝倉市では、乙石地区など特に被害の大きかった6地区が、危険な状況が続き長期にわたって住宅に住むことが出来ないとして「長期避難世帯」に認定されました。

去年12月までにすべての地区で認定が解除されたものの、多くの集落で住民が戻らないままです。乙石地区では、被災前に暮らしていた12世帯のうち、集落に戻った世帯はありません。

また、小河内地区は集落の維持が難しくなったとして、今年3月に集落を解散しています。

砂防ダム建設の一方で・・・

RKB永牟田龍太「このあたりは乙石地区の集落があった場所なんですが、今は巨大な砂防ダムの建設が進んでいます」

住民が戻らない原因の一つとなっているのが、現在、建設が進められている砂防ダムです。

佐藤達美さん「15メートル届かずのものが6基できる予定なんですよね。ただ、それによって、下のほうの集落の方たちを守るということは大切なことやけど、その大切さの中に乙石区民が犠牲になった」

被災した佐藤達美さんの葛藤

乙石地区には6基の砂防ダムが建設され、ほとんどの住民が、もともと家があった場所には住めなくなりました。佐藤さんの自宅は地区の中では下流側に位置していたため、元の場所に家を建てることもできますが、気持ちの整理がつかずにいます。

RKB永牟田龍太「自宅に戻りたいという気持ちはありますか」

佐藤達美さん「その質問が一番きついんですよ。というのは、上のほうで砂防ダムが6基できることによって出ていかなくちゃいけない、そういう方たちにかなり申し訳ないんですよね。自分は残って帰ってこられる。しかし上の方は残りたくても残られない。言葉に言い表せない葛藤というか、ものすごい重荷になります」

メモリアル建設の予定も

一方で、集落を存続させたいという思いもあり、市と住民は乙石地区の歴史を伝えるメモリアルの建設を予定しています。

佐藤達美さん「乙石という名前は残したいですよね。あと人生10年、15年かな、松末に何か残したいというものがかなり強いんですけどね。できないかもわからんけど、そういう夢を持って頑張ろうとしています」

「ふるさと」の存続は・・・

旧松末小学校では3日、追悼式が行われました。集落を離れた人たちも参加し、久しぶりに顔を合わせました。

地元の人「あっという間に経ってしまいましたね。犠牲者がたくさん出たから、その方のことを思いながら5年を迎えましたね」「元に戻ってほしいけど、それは無理かもしれない。人が戻って来ないことには昔のようにはならない」

九州北部豪雨から5年。慣れ親しんだ「ふるさと」を存続させることはできるのか。住民たちは頭を悩ませています。

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