「もう一度プロの選手に」西武ライオンズ投手からボートレーサーに転身 養成所での苦しい1年耐え 涙の再スタート

プロ野球・西武ライオンズのピッチャーだった野田昇吾さん。2年前に戦力外通告を受けその後、ボートレーサーになることを決意しました。厳しい訓練を乗り越え養成所を卒業した野田さん、家族の支えのもとで第2の人生がいよいよスタートします。

◆ボートレーサー養成所へ イチからの転身

福岡県柳川市にある全国唯一のボートレーサー養成所です。1年間の厳しい訓練を乗り越えた男女25人が9月22日、晴れて卒業の日を迎えました。その中には、福岡県糸島市出身の元プロ野球選手、野田昇吾さんの姿もありました。

西武ライオンズで中継ぎ投手として活躍した野田さんは、2017年に侍ジャパンのメンバーにも選ばれました。しかし、けがなどの影響もあり、2020年に戦力外通告を受けました。

 

野田昇吾さん「礼と節を重んじ、立派なボートレーサーになるため、日々努力することを誓います!」

約1年前、28歳にして人生の再スタートを切った野田さん。「プロスポーツ選手」としてもう一花咲かせたい、野田さんは元々興味があったボートレーサーへの挑戦を決意しました。

◆23キロの減量を果たす

規定体重をクリアするため食事量を極限まで減らし、半年間で75キロの体重を23キロも落としました(身長は167センチ)。野田さんの新たな挑戦にホークスの千賀投手もエールを送っています。

福岡ソフトバンクホークス 千賀滉大投手「『ボートレーサー養成所、大変だと思いますけど頑張ってください』『レーサーになったら買わせてもらいます!』って連絡を送りました」

妻と子供と離れ、養成所では6人部屋での生活です。

Q.プロ野球の時はユニホームはクリーニングですよね、自分でたたむとかしてました?
野田:あんまりやってないですね(笑)

 

◆危険と隣り合わせのボートレース

館内放送「起床、起床」

一日の始まりは、まだ夜が明け切れていない早朝6時。プロ野球の現役時代とは生活が大きく変わりました。ボートレーサーは命の危険を伴う競技のため、訓練も気を緩めることは一切できません。ボートの最高速度は80キロ。船体を旋回させるターンは、数え切れないほど練習しました。

教官「自分の旋回半径を把握する。いいな?」

50人以上いた養成所の練習生は、この1年間で半分以下となりました。
「一年間教えていただいた教官方への、恩返しとはいかないけど、成果を見せたいなと思います。

◆卒業記念レース終え感謝の涙「一流選手を目指す」

そして、9月21日。

「完全無事故で、みんなで最高のレースを作り上げよう、いくぞ!」

修了式に先駆け、養成所では最後となる卒業記念のレースが行われました。1号艇・白の野田さん、スタートはいい位置に付けますが……1回目のターンが膨らみ、3号艇にかわされます。

 

その後のターンは決まり、何とか食らいついていきますが……かわすことはできず、2位でフィニッシュしました。

家族の支えを受け、1年間に及ぶ厳しい訓練を乗り越えた野田さん。ボートレーサーとして第2の人生をスタートさせます。

 

野田昇吾さん「人生で一番長い一年だったんじゃないかな……辛かったですけど、本当に家族には支えられたかな。もう一度プロスポーツ選手になることができたので、一流の選手を目指し、ファンの方々に愛されるような選手になっていきたいと思っています」

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