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中国語教育機関「孔子学院」とは?欧米の動きに日本政府も追従

日本政府は6月9日の閣議で、中国語教育機関「孔子学院」に類似する施設が、全国の小中高校に設置されているかについて、実態把握を行う、との答弁書を決定した。国内の一部の私立大学に設置されている「孔子学院」とはどんな機関なのか? 今なぜ問題視されているのか? 東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。

孔子学院に警戒強める欧米諸国に日本も追従

孔子とは、中国・春秋時代の学者・思想家。道徳を説く儒教の創始者として知られる。日本をはじめ東アジアでは、人々の考え方に大きな影響を与えた。その孔子の名前を掲げた「孔子学院」に類似した教育機関が、日本の小中高校にあるかどうか、を調べるという。

きょうのテーマは、この孔子学院。中国政府が出資し、世界各国の大学に設置されてきた。欧米では、この孔子学院の役割を警戒し、閉鎖に追い込む事態が続いている。日本もそれに追従する動きが起きている。「孔子学院に類似する施設」が小中高校に設置されているかどうか、実態調査するというのも、同じ流れにある。

孔子学院の設置は、中国の国家プロジェクトだ。日本を含む世界各国の大学などと提携し、中国語や中国文化の普及を目指すこの教育機関は、2004年から世界各国で大学のキャンパスやオンラインで活動する。最も多い時には約160の国や地域で、500以上の拠点があったとされる。

日本国内には13の私大に設置されている孔子学院

日本政府によると、今年4月時点で、国内の少なくとも13の大学で設置されているのが確認されている。たとえば、愛知県豊橋市にある愛知大学は歴史的に中国との交流が深く、「現代中国学部」という名称の付いた学部がある。立命館大学は2005年に日本で初めて孔子学院が設置された。

2007年4月に当時の温家宝首相が日本を訪問した際には、京都の立命館大などを訪れ、プレゼントされた硬式野球部のユニフォームを着て、野球部員らとキャッチボールを楽しむなど、学生たちと交流した。背番号は35。この2007年は、日中国交正常化35周年にちなんだものだ。温家宝首相の立命館大訪問は、孔子学院の設置も関係しているのだろう。

孔子学院は、どんな活動をしているのだろうか。九州で唯一、孔子学院がある立命館アジア太平洋大(APU)のホームページで、孔子学院の活動について、このように説明している。

・「中国語の普及と中国文化の理解促進のため」に、APUと中国の孔子学院本部が共同で2007年4月に設立した」「パートナーの大学は、中国では常に上位10位以内に入る名門の浙江大学(=浙江省杭州市)」。

・学院の活動として、①中国語講座や気功、水墨画、篆刻などを学べる文化講座の開設②様々な分野の講演会の主催③中国語学習に関する図書コーナーの設置④孔子学院本部奨学金による中国留学への推薦などを行っている。

APUが浙江大学とパートナー関係にあるように、孔子学院のある国内の大学は、中国側の個々の大学とパートナー関係を結ぶケースが多い。

中国共産党のスパイ活動も? 警戒強める欧米諸国

欧米諸国は、「孔子学院は中国政府の宣伝機関だ」とみなしている。それも、ただの中国文化の紹介・中国文化を通じた交流にとどまらず、意図を持ったプロパガンダ(=宣伝工作)の拠点になっているという指摘だ。さらには中国共産党によるスパイ活動を、この学院から行っているのではないか、という疑惑も持っている。

また「中国語教育とは関係なく、中国人留学生、なかでも新疆ウイグルなど少数民族の留学生、香港からの学生らを監視するために存在している」という声が、対中強硬派から出ている。

イギリスのケースを紹介しよう。イギリス国内に孔子学院は約30か所ある。スナク首相は昨年の首相選挙の際に、「私が首相になれば、孔子学院を全て閉鎖する」と主張していた。スナク首相は結局、「閉鎖すれば、過剰な措置になると判断した」との理由で、主張を撤回。国内の孔子学院を今後も存続させることを明らかにした。

一方で、イギリス政府は、学院に対し、運営の透明性を順守するよう求めている。同じ欧州のスウェーデンでは国内全ての孔子学院がすでに閉鎖された。

アメリカでは、トランプ政権の2020年、国務省が孔子学院を中国大使館などと同じ外交使節団に認定した。具体的には、大使館・領事館と同様に雇用状況や所有資産の報告を義務付けると発表した。国務省は「孔子学院は、中国共産党の宣伝機関から資金を得ている」と指摘していた。

現在のバイデン政権になっても姿勢は変わっていない。大学が助成金などの運営を担い、管理できていない場合は米政府からの補助金を減らす内容を盛り込んでいる。監視態勢を強化し、米国内での中国のさらなる影響力拡大を防ぐ狙いがある。

風当りが強まると、世界各地の孔子学院では受講生も集まりにくくなる。実際に、香港や台湾の出身者、また中国の少数民族を支援する団体が、アメリカ国内の一部の孔子学院に対し、抗議するデモを繰り返したことで、孔子学院の閉鎖が相次いだ。もっとも多い時には全米で100以上あった学院は、すでに半分以下になっている。

孔子学院設置大学からは懸念の声

さて、日本だが、孔子学院を警戒する欧米と足並みを揃える方向だ。文科省は、孔子学院を設置する国内13の大学に対し、運営資金の流れ、学生の数、大学の研究との関連性、つまり各大学の研究が孔子学院による影響を受けていないかどうか、などの情報提供を求めている。

大学は文科省の管轄だが、孔子学院を設置する際に政府の許認可や届け出は不要だ。大学が市民向けに開く公開講座などと同じ扱いになっており、運営実態は把握しにくい。実態調査は、孔子学院の国内活動を規制しようとする米欧の取り組みに続くものと言ってよいだろう。

孔子学院を設置する大学の多くは、中国側の教育機関との長い学術交流の歴史があるケースが多い。私が知る、孔子学院に携わる日本人研究者は「コロナ禍によって、中国との人的往来がほとんど途絶えてしまっていた。欧米のように孔子学院を廃止すれば、さらに交流が疎遠になるのではないか」と懸念している。

また、これは日本国内の設置大学に限ったことではないが、パートナー関係にある中国側の大学から受け入れてきた留学生が来なくなると、経営的にもデメリットが生じる。

中国には古来から「戦わずして勝つ」「砲火を交えないで勝つ」という戦法がある。孔子学院や「秘密警察」も、その一環としてみられているのだろう。最近は、中国の公安当局が、世界各地に「秘密警察」の拠点を設置するケースが相次いでいる、との指摘も聞く。

だから、冒頭で紹介したように、日本では「孔子学院に類似する施設が、全国の小中高校に設置されているかについて、実態把握を行う」のだろう。「大学だけではなく、もっと小さな子供にも、中国が宣伝工作を行っているかもしれない」という疑念があるからだ。

いずれにせよ、中国の対外関係が複雑になる中での出来事だ。学術の世界にも、関係悪化が影響するのは、不幸なことと言える。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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