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想像を超える“捕虜虐待”への怒り、法廷を埋め尽くす被告たち~28歳の青年はなぜ戦争犯罪人となったのか【連載:あるBC級戦犯の遺書】

ニュースBC級戦犯の遺書

大村由紀子

日本大学の高澤弘明さんがアメリカ国立公文書館で入手した写真。藤中松雄の姿があった「石垣島事件」を裁いた横浜軍事法廷は、被告となった大勢の元日本兵で傍聴席まで埋め尽くされていた。殺害された米兵3人に対して起訴されたのは46人。捕虜虐待に対する米軍の怒りは、「日本人の想像を超える」ものだった―。

捕虜虐待への怒りは「想像を超える」

結局、石垣島事件では3人の捕虜の殺害に対して46人が被告とされ、最初は41人に死刑が宣告された。最終的に死刑が執行されたのも7人だ。戦犯裁判について、「復讐裁判」という表現もよく見るが、アメリカ軍の怒りは相当なものだったようだ。

 

恵泉女学園大学・内海愛子名誉教授「やっぱりね、捕虜虐待に対する怒り?それは私たちの想像を超えます」
(9月22日公開のエピソード9に続く)

 

*本エピソードは第8話です。

【あるBC級戦犯の遺書】28歳の青年・藤中松雄はなぜ戦争犯罪人となったのか

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1950年4月7日に執行されたスガモプリズン最後の死刑。福岡県出身の藤中松雄はBC級戦犯として28歳で命を奪われた。なぜ松雄は戦犯となったのか。松雄が関わった米兵の捕虜殺害事件、「石垣島事件」や横浜裁判の経過、スガモプリズンの日々を、日本とアメリカに残る公文書や松雄自身が記した遺書、手紙などの資料から読み解いていく。

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この記事を書いたひと

大村由紀子

RKB毎日放送 ディレクター 1989年入社 司法、戦争等をテーマにしたドキュメンタリーを制作。2021年「永遠の平和を あるBC級戦犯の遺書」(テレビ・ラジオ)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞審査委員特別賞、放送文化基金賞優秀賞、独・ワールドメディアフェスティバル銀賞など受賞。

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