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松尾潔「旧ジャニーズのタレント起用を続けるメディアは滅びゆく」

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6月26日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれた国連人権理事会の会合で報告された、旧ジャニーズ事務所の性加害などについての調査内容で「被害者の救済に向けた道のりは長い」との言及があった。ジャニーズ性加害問題について早くからメディアで提言を行ってきた音楽プロデューサー・松尾潔さんは、7月1日に出演したRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)とメディアの姿勢を改めて疑問視した。

事務所との契約を解除された日に…

6月26日、国連人権理事会の「ビジネスと人権」に関する作業部会が、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で報告会を行いました。人権理のジャンルは広く、ビジネスの現場において人権がちゃんと尊重されているかを、世界的に目を光らせています。

日本政府や企業が人権を巡る取り組みをきちんとしているかという報告会も行われ、その中で、僕が軸足を置いているエンタメ業界、旧ジャニーズ事務所=現SMILE-UP.の性加害問題についても報告がなされました。

昨年3月、イギリスのBBCで『J-POPの捕食者』という、故ジャニー喜多川氏の性加害・性犯罪を告発する番組が放映されました。そこから始まったジャニーズ問題について、僕がこの番組(『田畑竜介Grooooow Up』)で5月ぐらいから声を上げ始めたところ、15年間契約を結んでいた芸能事務所スマイルカンパニーとの契約を中途で解除されました。

「ジャニーさんやジュリーさんのことをメディアで口にするな」と。「いやいや、それはないでしょう。これはむしろ同じ業界にいるからこそ声を上げていきましょうよ」と反論したところ、会社のトップから契約の中途終了を迫られたのです。

それだけでなく、所属アーティストの筆頭に挙げられる山下達郎さん、竹内まりやさんからも「松尾さん、大人しくしなさい」という旨を示されました。「僕がもうこれ以上事務所にいる必要はないな、いる場所ではないな」と思い、15年ぶりにフリーランスになったんです。1年前のきょう、7月1日のことでした。

人権理事会が指摘した4つの項目

では1年経ってどう変わったか。NHKにしても民放にしても、まるで「もう自粛期間が終わりましたよ」という感じです。何事もなかったかのように、旧ジャニーズのタレントの人たちがゴールデンタイムに笑顔を振りまいています。

「どうなってんの、この国のメディアは」と思います。これはテレビだけではありません。例えば、表紙にずっとジャニーズのタレントを使うことで有名だった朝日新聞出版の「AERA」。ジャニーズ問題に対する世間の声が高まってからは自己批判も展開し「我々も反省します」と言っていましたが、現在は旧ジャニーズのタレントの表紙起用を再開しています。

日本の国全体の国民性といえばそれで終わりですし、全然この国は変わっていないという話になってしまうんですが、そういった側面が先週の国連人権理の報告でも浮き彫りになりました。

人権理が指摘したのは、主に大きく4つのことです。ひとつは被害補償の進捗。これに関しては「被害者のニーズを満たすには程遠い」と結論付けています。次には被害者の方々の心のケアの相談窓口が現在どうなっているか。これは膨大な数の聞き取り調査によって「被害者の人たちが、現状ではメンタルケアの支援を求めていくのは困難である」という報告がなされています。

さらに、「被害補償の面談に弁護士や臨床心理士の同席をさせてもいい」とSMILE-UP.は言っていますが、作業部会が調査したところによると「被害者はこのような申し出は受けてない」と食い違いがあります。

最後に、弁護士費用について被害者が自己負担に苦しんでいるということ。「金銭補償に先立つ弁護士費用が考慮されていない」という指摘がなされています。これらに関しては、「一連の対応について努力が認められる」ともしていますが、「被害者救済への道のりは遠い」という厳しい結論になっています。

この国のテレビはもう死んでいる

SMILE-UP.の東山紀之社長がコメントを出し、その4つの指摘について答えています。まず被害補償の進捗については、「国連の報告書に書かれているのは、今年2月時点の数字であり、被害者への補償額を通知した人数が282人となっているが、6月14日時点では499人になっていて、増えていますよ」というアピールをしています。

次の心のケアの相談窓口については、「運用体制を見直してきました」という、ちょっとざっくりとした言い方ではあるけれども、前進していますという主張です。弁護士や臨床心理士の同席が認められているということについて、これは案内をされていなかった被害者の人たちの指摘を受けて、「これから案内を徹底します」とコメントをしています。

弁護士費用については「被害者の方々に提示する補償額の中に弁護士費用も含まれているんです。だからそこも総合的に考慮した金額の算定です」ということで、平たく言うと、「建て替えをしといてくださいね。ちゃんとお返ししますよ」という内容でしょうか。

はっきり言ってぬるいです。こういうとき、今後の取り組みについて「真摯に」とか「誠心誠意」とか、そういう常套句が使われるわけですが、ぬるいです。

旧ジャニーズ事務所は去年9月と10月に2回、記者会見を行いました。仕立てのいいスーツに黒ネクタイというビジネスマン然とした服装に身を包んだ東山社長が「次の会見は決まり次第、また発表します」と話していました。去年10月からもう9か月近く経ちますが、まだ記者会見はないですね。

ジャニーズ事務所で最もいろんなことを知っていて、鍵を握ると言われていた白波瀬さんについて、東山社長は10月に「説明責任はあると思います」と毅然と言いましたが、説明しないどころか姿も現してないですね。

当時ジャニーズ事務所のトップだった藤島ジュリー景子さんは、9月の記者会見は出席しましたが、10月は体調不良ということで欠席しました。その際、井ノ原さん(当時ジャニーズアイランド代表取締役社長)が手紙を代読するということはありました。そのなかで「今後、私は全ての関係会社から代表取締役を降ります」と述べていましたが、これもなされていません。

「ジャニーズ事務所は補償業務のみを」と東山社長は言っていましたが、それも100%実現されているわけではないですね。

そして、そういったことがなされていないジャニーズ事務所を厳しくチェックして、「共犯者意識」を1回漂白しなければいけないはずの日本のメディア、主にテレビでは今、何事もなかったかのように、旧ジャニーズのタレントが笑顔を振りまいて、バラエティー、歌番組、ドラマなどで大活躍している。「この国のテレビはもう死んでいる」と言う人たちがたくさん出てくるのも仕方ないです。

日本のテレビはこのままだと滅びゆくメディア

画面を通して楽しむ娯楽というものはテレビ以外にも多くあります。テレビ局員でさえ、自宅に帰ったらネットでサブスクばかり見ている人がたくさんいるということを私は知っています。

例えばスポーツ中継も、かつてほどテレビで野球もサッカーもやっていない。だったらDAZNに入ろうとなりますよね。(テレビとネットが)共存する時代で、ネットを通して、いろんなところで見ることができます。

地上波のテレビは「旧ジャニーズに特化した視覚メディア」という形で残ろうとしているのかなという気さえします。だって、こういう批判が生まれることなんて百も承知の上でやっているわけですから。

当然、それを仕切っている、電通を始めとする広告代理店がいてこそ民放の事業も成り立っているわけですが、あらかじめ「そうですね、来年4月ぐらいにはほとぼりも冷めますかね。7月のクールでまたちょっと(旧ジャニーズのタレント起用を)増やして、秋ぐらいになるともう(ジャニーズ問題は)跡形もなくなっていますかね」ということで進めてきたんだろうなと。

そもそも、テレビ局や広告代理店のそういう慢心は、ずいぶん前から指摘されてきました。ですがそれが本当にわかりやすい形でこうやって展開すると、失望を通り越して絶望を感じている今日この頃です。

どうしても悲観的なトーンになってしまいますが、最後にぜひお話ししておきたいのは、そういうときにあって、今回ジュネーブまで行って素晴らしいスピーチをした元ジャニーズ所属のタレントで、被害者の二本樹顕理さんのことです。彼のような勇気のある方、そして彼を支える仲間、こういった人たちがいるということが、まだ救いです。

もうダメでしょ、日本のテレビ。このままだと本当にダメだと思いますよ。もう滅びゆくメディアなんだなと今回思いましたね。

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