松尾潔・パリオリンピック開会式に「フランス文化の重層性をみた」
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パリオリンピックの開会式が日本時間7月27日に行われた。史上初の屋外での開会式、パリの街並み、文化を活かした演出について、音楽プロデューサーの松尾潔さんは7月29日に出演したRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で、「フランス文化の重層性をみた」とコメントした。
国籍や民族、出生地にこだわらないことが今回の開会式の象徴
パリオリンピックの開会式はもう見事と言うしかなかったですね。史上初めて屋外での開会式の開催でした。一番懸念されていたことは悪天候だったんですが、途中から大雨になり、ズバリそれが当たってしまったわけですが、それさえドラマティックに見せるような、想定内だったんだろうなと思わせるような、したたかなエンターテイメント力・芸術力を発揮していて、パリという街の重みも深みも厚みも感じました。
芸術監督を務めたトマ・ジョリはまだ40代ですが、本当に素晴らしい仕事だったと思います。開会式で使われた曲の一つがジジ・ジャンメールの「羽飾りのトリック」でした。ジジ・ジャンメールと夫のローラン・プティはフランスの舞台芸術や映画を代表するカップルです。ジジ・ジャンメールは国民的エンターテイナーで4年前に亡くなったので、追悼の意味合いも大きかったのかなと思います。
この曲を開会式でパフォーマンスしたのがなんとレディー・ガガだったんですよね。レディー・ガガというとザ・アメリカンカルチャーの象徴みたいな人ですが、この大舞台でアメリカのレディー・ガガを招聘するという、国籍や民族、出生地にこだわらない感じ。これが今回の開会式を象徴していました。
スポーツとアート、社会・生活は全部地続き
フランスといえばリベルテ(自由)・エガリテ(平等)・フラテルニテ(友愛、博愛)と言いますが、これらを含む12のテーマで開会式を行いました。「自由・平等・友愛」の「友愛」は「博愛」とも訳されますし、「兄弟愛」とも訳されるので、「今はそういう時代じゃないだろう」ということで今のフェミニズムの時代は「ソロリテ」に置き換えられます。いわゆる「女性たちの友愛」、シスターフッドと英語で言います。こういったものを含む12のテーマで進行し、最後はエテルニテ(永遠)でショーが終わりました。
このテーマ設定といい、スポーツとアート、その向こうに見える社会・生活、そういったものが全部地続きなんだよということを見せるというね。50代の僕が初めて意識的に観たのはモントリオールオリンピック(1976年)です。そこから前回の東京オリンピックまで、競技に対しての関心は薄れる一方ですが(笑)、仕事がエンタメということもあって開会式は特にこの2、30年は分析的に見ています。今回は最高のショーの一つだったと思います。
一つ一つを掘り下げると重層的な経緯を知ることができる
個人的に今、東京・帝国劇場で上演されているフランスのキャバレーを舞台にした「ムーラン・ルージュ」というミュージカルに関わっていることもあって、ここ2、3年はフランスのキャバレーに興味を持っていました。
キャバレーとは飲食を提供しながら踊りなどを見せる場所ですが、これはフランス発祥とされています。レディー・ガガの衣装も、キャバレー発祥国であるフランスに対するガガからのリスペクトが感じられました。
パリに観光旅行で行くとムーラン・ルージュ、クレイジーホースなどを見ることが出来ますが、その中でもリドという高級なところがあって、そのリドのかつての舞台衣装のアーカイブスを借りて使っていたそうです(リドはコロナ禍により2022年にキャバレースタイル終業)。
ひとつひとつを掘り下げていくと、テレビの中継で数秒、数十秒しか映らなかったようなものでもこんな重層的な経緯があるんだということを知って感動を覚えます。EUのモットーである多様性の中の統合という言葉がありますが、ショー全体としてはそれがよく表れていましたね。
他にも、例えば最後の晩餐のオマージュとしてドラァグ・クイーンたちが登場した場面がありましたが、こういった場面って発想はできてもスマートに見せるのはなかなか難しいものです。それができるエンタメ力がある国がどれぐらいあるのだろうかと思いました。
フェミニズムを強く打ち出すフランスの凄み
「参加することに意義がある」という名言で有名な、近代オリンピックの父と言われるクーベルタン男爵はフランス人です。一方で、フランスは100年間オリンピックを開催していなかった国でもあるんです。
クーベルタン男爵は当時、女性がオリンピックに参加することに反対していたそうで、今風に言えば「黒歴史」なのかもしれませんが、そういったモヤモヤを払拭するように、今回特にフェミニズムっていうのを強く打ち出していて、開会式にはフランスを代表する10人の色とりどりの女性像が登場しました。
特に最後に出てきたシモーヌ・ヴェイユは「ヴェイユ法」という中絶に関する法律の制定に尽くしたことで知られている人物で、映画にもなった人です。こういったものをスポーツの祭典の前にあれだけの尺を使ってやるというところが、僕はフランスという国の凄みだなと思いました。文化系と体育系というように値踏みするような日本の古い発想から一番ほど遠いとこにあるなと。
多様化の先進国フランスに学ぶ
ダンスミュージックを中心にしつつ、ゴジラというヘヴィメタルバンドも出ていました。ここに至るまで音楽が絶え間なく延々と流れていましたが、これでダフトパンクが再結成してくれたら言うことなかったですね。ま、それは閉会式に望みをつなぐとして(笑)。
レディー・ガガのほかに、もう1人話題をさらった、開会式の最後の一番いいところで「愛の讃歌」を歌ったセリーヌ・ディオン。ここ数年体調が芳しくないと伝えられてきましたが、見事な復活ぶりでした。
セリーヌ・ディオンの前に登場したアヤ・ナカムラというマリ生まれの歌手もそうですが、厳密にいうとフランス人じゃないんですよね(ナカムラはマリとフランスの二重国籍)。セリーヌ・ディオンはフランス語圏のカナダ・ケベック州の人ですから。出生地とか国籍とか、もっと言うと、人種、民族にこだわらない開会式でした。今、我々が流行語のように日本で多様性、多様化と言っていますが、その先を行っていると言ってもいいでしょう。
フランスの開会式のショーのやり方を見ると、3年前の東京オリンピックのことを思い出して、情けないとかを通り越して、ちょっと切ない気分にもなったくらいでした。ただ、フランスを見上げながら、我々も学ぶところが沢山あるなとも思いました。
他にもミニオンとか、ルイ・ヴィトンとかも出てきましたし、サン=テグジュペリの「星の王子さま」、SFの父と言われ「海底二万哩」でも有名なジュール・ヴェルヌなど色んな人たちへのオマージュも散りばめていました。
キャバレーはフランス発祥だと言いましたが、「映画もリュミエール兄弟=フランスが作ったんだな」、「気球もフランスなんだな」とか、国力のアピールとしても、「こんなやり方があったのか」というのを知らされた開会式でした。
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