エド・シーラン盗作訴訟評決に松尾潔「ホッとした」音楽業界の思い代弁
イギリスの人気歌手エド・シーランさんの世界的ヒット曲が盗作かどうか争われた訴訟で、ニューヨーク連邦地裁の陪審は「著作権侵害には当たらない」との評決を下した。音楽プロデューサーの松尾潔さんは、出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、今回の評決について「ホッとした」と、音楽業界の思いを代弁した。
「Thinking Out Loud」はマーヴィン・ゲイ「Let's Get It On」に似ている?
エド・シーラン、売り上げでも5本の指に入る、いま世界を代表するアーティストです。最近ではBTSに曲を提供したことでも話題になりました。「Shape Of You」をはじめ日本でヒットした曲もたくさんあります。
その彼の代表曲の一つで、2016年にグラミー賞の最優秀楽曲賞を受賞した「Thinking Out Loud」をめぐって、裁判が起こされました。
実は、この曲が出たときから、僕のようなソウルミュージック好きの間では、アメリカの伝説的なソウルシンガー、マーヴィン・ゲイの1973年の全米ナンバーワンヒット「Let's Get It On」と似ていると話題になっていました。別に咎めているわけではなく、むしろ「ああ、エド・シーランもこういうタイプのいい曲を書くんだね」という褒め言葉として。
でも、そういう褒め言葉だけで収まらない人たちがいたんですね。「Let's Get It On」をマーヴィン・ゲイと共同制作したエド・タウンゼント(故人)の親族や著作権を管理する団体が、「Thinking Out Loud」が盗作ではないかと訴えました。
2017年に訴訟は始まって、長く時間がかかりましたが、先週(5月4日)「著作権侵害はなかった」というニューヨーク連邦地裁の評決が出ました。エド・シーラン勝訴ということです。
これが盗作ならもう曲は書けない
裁判でエド・シーランは「これを盗作って言われるんだったら、もう仕事できないですよ」と引退も示唆していました。親族らは「コード進行が似ている」と主張していましたが、シーランは「アルファベットと同じようなもので、これがないと曲も書けない」と反論。法廷でギターを弾いてみせたりするようなこともあったそうです。「楽曲ってこうやって作るもので、基礎中の基礎である」と。
先ほど僕もこの曲は「Let's Get It On」に似ていると言いましたが、コード進行はマーヴィン・ゲイが発明したものではなく、それ以前から使われている、いくつかの黄金パターンみたいなコード進行の中の一つです。「Thinking Out Loud」以前にも、ジョン・メイヤーの「Waiting on the World to Change」が「Let's Get It On」に似ていると言われていました。
「サビの部分で同じコードを使っているじゃないか」という訴えでしたが、シーランさんからすれば「いやいや、僕だけじゃないんですけど」みたいなことですよね。
音楽業界が一安心
マーヴィン・ゲイの楽曲で争われるのは、これが初めてではありません。2015年に判決が出た、ロビン・シック裁判というものがあります。ロビン・シックの大ヒット曲「Blurred Lines」が、マーヴィン・ゲイの「Got To Give It Up」に似ていると、そのときはマーヴィン・ゲイの遺族が訴えました。
「Blurred Lines」を作曲したのは、日本でも「Happy」でおなじみのファレル・ウィリアムズ。ファレルは法廷で「雰囲気が似ているだけで、音楽的には違うんだ」「譜面が読める人だったら誰でもわかることだ」と、挑発的な反論をしていましたが、この裁判ではファレル側が敗訴しました。
それは僕にとっても衝撃で、当時「雰囲気が似ているからといって裁判で負けるのなら、もう何も作れなくなっちゃうね」なんて話をいろんなところでしていたんです。ですが、それから10年近く経ち、奇しくもまたマーヴィン・ゲイの楽曲で、エド・シーランが勝訴の判例を作ったので、音楽を作っているわれわれからすると、ちょっとほっとしているというところです。
たしかに、音楽ビジネスもまたビジネスの一つですし、特にエド・シーランくらいになると、世界的規模のビジネスということになります。だけど、似ているか似ていないかを、エビデンスを挙げて語るのは、本来好ましくないのが音楽というものだと思います。
6年にわたる裁判の間、エド・シーランは祖母の葬儀に行くこともできず、いろんな犠牲も払い、「これで負けたらもう引退する」という宣言までしました。本人やファンだけでなく、音楽を作っている私たちも一安心という、今回の評決でした。
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