中国「社会の荒廃に打つ手はあるのか?」賭博事情をウォッチャーが解説
中国共産党政権は「麻薬(=アヘン)、売春、そして賭博がかつて国を乱れさせた」と考え、あらゆる賭博行為を禁じ、違反した場合には厳罰に処してきた。しかし、一攫千金、射幸心をくすぐる賭博は、現代中国にもはびこっている。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が9月14日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。
賭博は「中華民族の偉大な復興」を阻害する要因
習近平主席が13億の国民に対し、かける号令のひとつに「中華民族の偉大な復興」がある。中国は悠久の歴史、世界に誇る文明を持っていた。それが19世紀に起きたアヘン戦争を契機に、列強、そして日本にも、国土を踏みにじられ、蹂躙されてきた。今でこそ、アメリカに迫る経済パワーを持つ国家になったが、中国にとっては「つい最近まで」屈辱の歴史があった。
「中華民族の偉大な復興」という号令には「あの屈辱の歴史を忘れるな。かつてのように、長い歴史を持つ強大な国家をさらに構築し続けなくてはいけない」。そういう思いがある。それを阻害する要因の一つが、賭博という認識が中国政府にはある。
中国共産党政権は、賭博、それに麻薬(=アヘン)、売春がかつて、国を乱れさせた、と考える。共産党政権の前の国民党が指導した時代も賭博、麻薬、売春、そして、そこから生まれる腐敗がはびこった。共産党は同じ轍を踏まないように、あらゆる賭博行為を禁じ、違反した場合には厳罰に処してきた。毛沢東ら指導部は賭博、麻薬を「古い社会の悪弊」と糾弾した。
中国で続く賭博場の摘発
しかし、一攫千金、射幸心をくすぐる賭博は、現代中国にもはびこる。
先日、中国共産党機関紙「人民日報」のインターネット版に、変わった「賭博場」の摘発が載っていた。中国の中部の中心都市、武漢で摘発された事件だ。賭博場は釣り堀。客はまず、入場するのに、日本円で4万8000円を支払う。
魚を釣る制限時間は5時間、竿など漁具は決まったものを使い、釣り堀のどこで糸を垂らすか、場所は抽選だという。経営者は約1万5000匹の魚を池に放流し、このうち700匹に特殊な印を付けて泳がせる。印が何もない魚を釣った場合は、日本円で1匹6000円がもらえる。そして、印の付いた魚が釣れたら、その印の種類によって、日本円で1匹2万円から、最高で1200万円をゲットできる――というシステムだ。
警察はこの釣り堀に踏み込み、60人以上の身柄を拘束。彼らに流れた金は日本円で6000万円以上だという。
もう一つ、これは陝西省での出来事。警察が「あるホテルの一室で、カード賭博が行われている」との情報を得た。そして、現場に駆け付けた。ところが、踏み込んだのは別の部屋。その間違えた部屋を急襲すると――。そこにいたのは、地元警察のトップ、検察のトップ、それに地元政府の幹部たち。彼らもカード賭博の真っ最中だった。日本円で数十万円の金をつぎ込んで、賭博に夢中になっていた。
賭博につぎ込んだ金がどこからきているのか? ワイロという可能性もある。そう考えると、賭博という問題だけではなく、役人が特権を食いものにして、汚職がまん延するという中国社会の断面も見えてくる。
実態が見えにくいインターネット上の賭博
金を持った連中が、賭博で金を動かす。しかし、それだけとは言い切れない。「金を持たない連中」も賭博に染まるケースがある。地方の農村部から都市部へ出稼ぎにやってきた農民たちの多くは、きつい肉体労働に従事している。賃金条件もよくない。ストレスの発散、また一攫千金を夢見て、のめり込むのがインターネット上の賭博(ネット賭博)だ。
スマホがあれば、どこからでも参加できる。元手となる金も、スマホを通じて高利貸から借りられる。そして、負ける、負け続ける。借金地獄から抜け出せなくなることは容易に想像できる。中には条件の悪い仕事に就いて、ケガをしたものの、補償もないまま、泣き寝入りすることもあるという。格差社会も見えてくる。
当局は当然、違法なネット賭博、サッカー賭博の摘発を進めるだろうが、イタチごっこが繰り返されている。とくにインターネット空間を使った賭博に頭を悩ませているようだ。当局は昨年1年間で、1万を超える違法なウェブサイトを閉鎖した。多額の罰金も科した。これらは賭博だけではなく、課金方式のわいせつな動画を配信するなども含まれる。
ただ、冒頭で紹介したように、かつて国を衰退させたのは賭博、麻薬(=アヘン)、そして売春。売春に関しては、当局が力を入れる性風俗の一掃に色分けできる。わいせつ動画も、賭博や麻薬と並ぶ、中国共産党の「敵」であることに違いはない。
マカオのカジノも管理を強化
ところで「合法的なギャンブル」「認められた賭博」といえば、マカオのカジノを連想するだろう。マカオはかつてのポルトガル領で、返還後の現在は中国の特別行政区だ。中国国内で唯一、賭博が合法化されている。新型コロナ禍の前は、マカオ政府の歳入の8割がカジノの収入で占められていた。
一方、中国本土はカジノが禁じられている。共産党や国有企業の高級幹部はこれまで、不正を働いて得た金を資金洗浄(=マネーロンダリング)させる方法として、このカジノ賭博を悪用してきたといわれる。習近平政権は腐敗撲滅運動の大きな柱として、マカオの管理を強化、カジノの金の動きを厳しくチェックしている。
そうなると、マカオのカジノから、マカオ政府への歳入も減る。カジノは中国本土からやってくる一般の庶民をターゲットにしたい考えだ。カジノの大衆化だ。しかし、庶民の射幸心を煽り、賭博を日常化させる危険性も併せ持っているといえる。
中国客に依存する周辺国の公認カジノ
やはり、中国社会に根付いてきた賭博は、なかなか消し去ることは難しい。「中国人は賭けごとが好き」とは言い切れないが、マカオに限らず、東南アジアの国々や韓国の公認カジノでは、客の数も、使う金についても中国からの客に依存している。国境を接するラオスやカンボジアでは、国境からすぐのところに、中国資本が投じた中国人向けのカジノがいくつもある。
カジノを含んだIR(統合型リゾート施設)の構想が日本で進むが、ここも来日する中国人富裕層をあてこんでいる。このほか、日本の公営ギャンブルも同じように、中国人をターゲットにした戦略を持つケースもある。経済成長によって豊かになったことで、賭けごとへの関心がムクムクと湧き出す。中国ならではの歴史、土壌も関係があるのかもしれない。
中国には「上に政策あれば、下に対策あり」という有名な言葉がある。どんなに管理を強化しても、網の目をくぐるようにして生き延びる、中国独自のしたたかさを言い表したものだ。庶民から高級幹部まで汚染された賭博もそれに当てはまる。インターネット空間も含め、賭博に関しては摘発する側と、そこから逃れる術を講じる側のせめぎ合いが続くだろう。
(飯田和郎・元RKB解説委員長)©RKB毎日放送
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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