豚骨との純粋な対話が生み出した“水豚系”の一杯。
無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム。前回は福岡市の「麺道はなもこし」を紹介した。
今回は福岡県の北部へ。個人調べではあるが、きっと福岡最北端の無化調ラーメン店だと思う「大竜軒 本店」に向かった。店があるのは、JR門司駅より徒歩7、8分ほどの場所。幹線道路沿いに店を構えていて、この道を行き交うドライバーたち、さらには近隣の住人たちも加わり、平日でも終日、客足が絶えない。ここで提供するのは、創業から一貫してとんこつラーメン一本。なぜ現在の“無化調とんこつ”を提供するようになったのか。その理由を店主の谷田さんに聞いた。
ギョーザ、大竜軒、ラーメン――店のファサードに、味の出た文字が並ぶ。ドアのところに下がる暖簾もまた、使い込まれて良い風合いだ。「大竜軒 本店」(以下、大竜軒)が創業したのは昭和63年(1988年)。初代が選んだのが、国道3号線沿いというロードサイドだった。車を20、30分も走らせれば関門海峡を通過して山口県へと入る。そんな福岡の、さらにいえば九州の玄関口のようなロケーションということもあり、昔から車の往来は多い。この大竜軒ではそんな立地に合わせ、地域に密着しつつも、この地を行き交うドライバーたちの心を掴む営業を続けてきた。
「先代は創業当初から体に負担の掛からない一杯を作りたいという気持ちが強く、毎日でも食べてもらえるようなラーメンを目指していました。食材を厳選し、仕込みの工程に工夫を凝らし、最終的にできあがったのが、現在のとんこつラーメンだったです」という二代目・谷田さん。
こうして誕生したラーメンの特徴は大きく3つある。第一に、うま味調味料の使用をやめた点。次に、スープを取る際にラードを使わなくなった点。最後が豚の頭骨など、ゲンコツと背骨以外の部位を用いなくなった点だ。
その理由を谷田さんは「うま味調味料を入れることは、グルタミン酸を加えるということ。グルタミン酸は、豚の骨に備わっているイノシン酸と相性がよく、これを足すことで、うま味がぐんと増します。その反応自体は良いことなのですが、それをうま味調味料で促すと、極端にいえば、豚骨をしっかり炊き込まなくても、それなりに仕上がるんですよ。ただ、とんこつラーメンの店を謳っている以上、やっぱり豚骨の味をしっかり引き出して、その味を混じり気なく表現したいという思いが先代の根底にあったようですね。それで、うま味調味料を使わないことを決めたんです」と教えてくれた。
そして、こう続けた。「ラードを入れると、その分、スープの濃厚さがグンと増します。ただ、スープ自体がずっしりと重たくなるんですよね。これもまた、豚骨由来の濃厚さとは異なりますから、ラードは一切、使わないことを決断したと聞いています。また、頭骨については、これを入れると単純に骨だけではなく、周囲の肉や皮、脳髄などからも、うま味が出るからです。そのため、頭骨もまっすぐなとんこつラーメンを作る上で不要だと考え、入れないようにしています」
水と鶏だけで作る“水鶏系”ラーメンがあるが、大竜軒のそれは、さながら“水豚系”。食材である豚骨との純粋な対話が、この一杯を生み出している。
こうして、“三禁”によってストイックに作り上げられた大竜軒のスープ。そのスープづくりを支えるのが、久留米で生まれた“呼び戻しスープ”の技法だ。呼び戻しとは、出汁を取る際に使う寸胴を空にすることなく、骨を継ぎ足しながらうま味を重ねていくやり方。この寸胴に、その日引いたばかりのフレッシュなスープも加えながら、濃度のバランスをとっていく。谷田さんは現在、3つの寸胴を駆使しながらスープを仕上げている。
「高火力で、なおかつ長時間、常に炊き続けておかないといけないので、営業中はスープの仕込みエリアと厨房の調理エリアを行ったり来たりですね。常にスープ釜の状態を意識しつつ、同時にラーメンを注文してくださったお客様の表情や反応にも気を配りながら、という感じなので、全く気が抜けません」
11:00から21:00までの通し営業になっているのは、スープの仕込み上、実質的にアイドルタイムがないからだ。来る日も来る日もスープを育てつつ、1日があっという間に過ぎていく。それはどこか子育てのようでもある。
「楽ではありませんし、骨と水とタレだけで作るため、誤魔化しも利きません。強火で炊き続けるため、時間帯や日によってスープの状態がずっと変化していくんです。もちろん、おいしさの基準を保っているつもりではいますが、どうしてもブレが出ます。それでもこのやり方を変えないのは、この味が好きだからに他ならないですね。できあがったスープは、我が子のようにかわいいです」
そう言って、谷田さんはやさしい眼差しをスープ釜に向けた。
品書きはとんこつスープの「らーめん」、ぎょうざ、ライスやおにぎりというご飯もののみ。チャーハンの類はなく、厳選されたメニュー構成になっている。
「あれもこれもはできないですね。そんなに広い店ではありませんし、最小限の人数で回しているので。先代から受け継いだ味をしっかり守っていく。それだけです」
最後に、これから先の「大竜軒」の在り方について聞いてみた。すると、こんな言葉が返ってきた。
「目標は、現状維持です」
一瞬、その響きからネガティブなイメージを抱いたが、さらに踏み込んでその真意を尋ねると、谷田さんは笑顔でこう説明してくれた。
「限られた設備の中で、手間暇のかかるスープの取り方を続け、この味を喜んでくださるお客様に間違いなく届けていく。言葉にするとこんな感じなんですが、そこにはバランスがあって。呼び戻しでスープを取っていますから、忙しいからといってスープを使い切ってしまうことはできませんし、極端に減ってしまった量をすぐにどうするということもできません。育てるという工程があるので、一回崩れてしまったら修正が大変なんです。自分たちのできる範囲のことを毎日コツコツと続けていく。そうやって今のバランスを保つこと。それが私にとっての現状維持です」
変化や後退を恐れての“現状維持”ではない。すでに、それらが起こらないよう日々に全力を傾けている。谷田さんは、最善を尽くし続ける現状を、これからもずっと維持していく。
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