「ぬか味噌くさい」とは、所帯じみて垢抜けない女性を揶揄する表現だが、北九州においては事情が異なる。江戸時代、初代小倉藩主の細川氏が持ち込み、その後入封した小笠原氏が奨励したといわれる「ぬか炊き」は北九州を代表する郷土料理であり、現在も多くの家庭に数十年から百年を超える「ぬか床」が代々受け継がれている。その伝統は、婚礼時に実家から携える嫁入り道具の一つにあげられるほどで、毎日手入れが欠かせない「ぬか床」を守るのは良妻の条件でもあったのだ。また、近年では乳酸菌が豊富な健康食としても見直されており、決してネガティブな意味合いではなくなっている。そんな古くて新しいご当地グルメ「ぬか炊き」の専門店が、JR黒崎駅からアーケード街を抜けた先にある「ぬか床と料理 ミサヲ」である。
店名の「ミサヲ」は店主・崎田陽平さんの祖母の名前で、三代にわたって受け継がれてきた「百年床」を使ったぬか料理が食べられる貴重な存在でもある。昼はランチの「ぬか炊き定食」(1,540円)を目当てに訪れる客でウェイティングが出るほどの人気ぶりで、夜は金曜、土曜日と祝前日のみ居酒屋営業を行っている。今回はぬか料理をつまみながら一杯飲むために、週末の夜を狙って訪れた。
まずは、生ビールとともに「ぬか玉子」と「ぬかチーズ」(各330円)を注文。ぬか味噌といえばかなり濃厚なイメージがあるが、漬け込む時間を調整することであっさりと仕上がりに。どちらも一杯目のビールに合わせる前菜にふさわしい絶妙な塩梅だ。
「ぬか炊き」と聞いてまず思い浮かぶ定番中の定番が、アジやイワシなどの青魚。かくいう僕も北九州は戸畑の生まれで、子どもの頃にしょっちゅう食べていたのがこの「イワシのぬか炊き」(660円)だ。特に祖父母の家で食べた記憶が残っていて、僕にとってはおふくろの味というより"おばあちゃんの味"であり、まさに「ミサヲ」のコンセプトと合致する原体験でもある。当時はもちろんご飯のおかずにしていたのだが、今となっては酒のつまみとしても最高だ。
前菜、魚料理とくれば、当然次は肉料理。今回はぬか料理だけでフルコースを完成するために、メインには「鶏のぬか炊き」(770円)をオーダーした。ゴロゴロとした鶏のモモ肉にぬか味噌の深みのある味が染み込み、豊潤な日本酒や熟成した赤ワインにも好相性。実は僕が生まれ育った戸畑はもともと響灘沿いの漁村で、鶏肉のぬか炊きはついぞ口にしたことがなかった。崎田さんによると、祖母ミサヲさんの家は小倉南区の山間部に近い場所にあったそうなので、おそらく物流が発達していない時代は手に入りやすい身近な食材を使っていたのだろう。
〆のご飯ものにチョイスした「焼きめし」(990円)と一緒に注文したのは、これぞ真打ちともいえる「百年床のお漬物」(330円)。美しく切り揃えられたキュウリとニンジンの浅漬けはシャキシャキとした歯応えで、白ごはんでも軽く一杯はいける。ちなみに小倉で浅漬けが「床漬け」と呼ばれるようになったのは、小笠原の殿様が大好物のぬか漬けの樽を床の間に置いたことに由来するという言い伝えが残っている。漬物をポリポリと囓りながらそんな逸話に思いを馳せ、自分のルーツでもある郷土の味をフルコースで満喫した夜となった。
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