政治的に対立する中国と台湾ですが、民間レベルでは数多くの恋愛や結婚が生まれています。しかし今、台湾に渡った中国出身の妻たちが、「スパイ」として有罪判決を受ける事態が相次いでいます。彼女たちは本当に工作員なのか、それとも社会を分断する「認知戦」の犠牲者なのでしょうか。
東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、9月7日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、台湾社会で浮上する「人権」と「安全保障」のジレンマについて解説しました。
台湾に30万人暮らす「陸配(ルーペイ)」
大陸=台湾では中国本土のことを指しますが、台湾には「陸配(ルーペイ)」という言葉があります。この大陸の「陸」に、配偶者の「配」と書いて、中国(大陸)出身の女性配偶者を指す言葉です。
政治的に対立する中国と台湾ですが、人が交流すれば、そこに恋愛感情が芽生えるのは当然でしょう。主に台湾人男性と中国大陸出身の女性が結婚するケースは少なくありません。出会いの場はさまざまです。台湾企業が中国大陸へ進出し、台湾の男性が中国にできたオフィスや工場に派遣され、そこで中国人女性と知り合うケース。また、中台以外の第三国へそれぞれ留学して知り合うケースもあります。
その「陸配」と呼ばれる中国出身妻は、台湾に約30万人いるとされています。比較にならないかもしれませんが、福岡県久留米市の全人口が約29万人、福岡市東区の全人口が32万人です。まさにその規模の、台湾海峡をはさんで結ばれた30万組もの中台カップルが存在するわけです。台湾男性の結婚難という背景もあり、こうした婚姻をあっ旋する仲介業者も数多く存在します。
その30万人の女性たちのほとんどが台湾各地で暮らし、多くは家族を支え、文化や生活習慣が違う異郷になじもうと努力を続けています。しかし、彼女たちは時に、中台間の政治の波間に漂うこともあるのです。
反浸透法違反で有罪判決を受ける中国出身妻たち
まずは、台湾で起きたあるニュースを紹介しましょう。
「台湾北部、新北市の地方裁判所は8月、反浸透法に違反したとして、中国出身女性に懲役7年の一審判決を言い渡しました。中国・上海出身で台北に住むこの女性は、たびたび中国へ渡航し、中国共産党当局者と長期にわたり接触。また共産党組織からの指示を受け、台湾で特定の候補者への選挙応援を行ったなどとされています」
「反浸透法」というのは、日本では馴染みがないかもしれません。台湾において「浸透」とは、「外部の敵対する勢力」の工作活動として、思想や情報が台湾の内側へ浸み込み、知らず知らずのうちに広く行きわたることを指します。それを防ぐのが、この反浸透法という法律です。
具体的には「外部の敵対勢力」からの指示や資金援助を受け、選挙運動、政治献金、国民投票の妨害などを行うことを禁じています。台湾で2020年、政治秩序や現在の体制を維持するために施行されました。台湾にとって「外部の敵対する勢力」、つまり「台湾と対立し、台湾の主権を脅かす国や団体」といえば、当然ながら中国を指します。
この女性被告は台湾人男性と結婚して1993年に台湾へ渡り、その後、台湾の正式な身分証を取得しました。彼女はやがて、自分と同じように台湾人男性と結婚した中国出身女性の権利拡大などを目指す運動を展開していたといいます。その過程で、中国共産党当局との接点ができたようです。
台湾社会に広がる疑念と「人権」のジレンマ
台湾では、中国と対立する民進党が政権に就いて今年で10年になりました。習近平指導部が台湾への圧力を強めるのに従い、現在の頼清徳政権も反発を加速させています。
中国の侵攻を想定して繰り返される軍事演習は、台湾の対抗手段の代表例ですが、台湾に住む中国人妻たちも警戒の対象になってきました。よく似たケースとして、同じ8月、台湾南部の高雄地裁でも、別の中国出身女性が反浸透法違反で懲役1年6月の一審判決を受けました。
さらに、少し異なるケースですが、次のような出来事もありました。
「台湾東部の花蓮県の集落で昨年8月、中国国籍を保持し続けているとして、村長だった女性が職を解かれました。女性は2022年に村長に当選していましたが、台湾の当局は『公職に就任してから1年以内に、他の国の国籍放棄証明を提出しなければならない』とする法律に違反した、と説明しています」
これはつまり「村長を解任された」ということです。しかし、中国と台湾は互いを国家として認めていないため、中国側が台湾在住の中国出身女性に中国国籍の喪失証明書を発行することは事実上不可能です。いずれにせよ、「中国出身者は台湾で公職に就けない」という結果になります。当然ながら、中国側はこの反浸透法について「正真正銘の悪法だ」と厳しく批判しています。
台湾人男性と結婚した中国出身女性が30万人もいるとなれば、その数が増えるほど台湾社会で活動する場も増えます。有罪判決を受けた彼女たちに共通するのは、台湾において、自分たちと同じ中国出身女性の互助組織を立ち上げたり、影響力を持つ公的・私的地位にあったりすることです。
台湾には司法の独立が存在します。とはいえ、事案を立件するかどうか、起訴するかどうかの判断には、時の政治的な要素が加味されることもあり得るでしょう。それに加え、もう一つ厄介なことがあります。
それは、中国の脅威を日々感じている台湾の市民たちが、中国出身妻たちへ向ける視線に疑念を伴うことです。自分たちの周りに中国出身妻が増え、さらに彼女たちに対し反浸透法が適用されて有罪判決を受ける。それがメディアを通じて広く知れ渡れば、「中国出身女性は、中国共産党のスパイではないか」という疑念も広がります。
ここで少し考えてみたいと思います。台湾では戦後、国民党による独裁体制が長く続きました。やがて民主化を求める運動が起こり、それが今日の自由な台湾につながりました。その民主化要求運動を原点とするのが、今の政権与党・民進党です。独裁体制当時の民主活動家や、運動を支えた弁護士たちが中心であり、彼らがもっとも大切にしてきたのが「人権」でした。
この中国出身妻たちへの有罪判決や反浸透法の適用を見ていると、その「人権」と「台湾の安全」のバランスが今、問われている気がしてなりません。
中台カップルにも向けられる「認知戦」の矛先
「陸配」と呼ばれる中国出身妻たちの活動は、本当に中国共産党による工作活動なのでしょうか。彼女たちは工作員、つまりスパイなのでしょうか。中国側はもちろんそれを否定します。
ただ、私は真相うんぬんよりも、彼女たちをめぐって台湾島内で広がる動揺こそが、中国側が望む成果かもしれない――そんなふうにも思えてしまいます。
近年、中国が絡む国際政治において「認知戦」というキーワードが多用されています。武力を用いずに、ほかの国や地域の世論や社会を分断し、政策決定に影響を与える新たな戦術を指します。
この認知戦の矛先は、30万組もの中台カップルにも向けられているのでしょうか。「人権」と「台湾の安全」をめぐり、台湾で浮上しているこの複雑な問題について、私たちは注意深く見つめていく必要があります。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。





















