親と話せる時間は、あとどれくらい残されているだろう。そう感じたのは、先日、兵庫の実家へ帰省した時だった。地元に着き、新幹線からクリーム色のよく揺れる私鉄に乗り換えた。改札を出ると、外はひんやりとしていた。少し電車酔いしてしまったようだ。駅からすぐの実家には、昨年より少しやせた父と母がいた。台所からは油のにおい。今日の夕飯は春巻きだそうだ。そういえば少年時代は一番好きだった手料理だ。「揚げすぎた」と笑う母が持つ皿には、20本の春巻きが。どうやら母の心の中で、私の好みは小学5年生で止まっているらしい。
3人で食卓を囲んだのは3年ぶり。テーブルには、永代供養のチラシが置かれていた。父から「墓じまいの話をしたい」と言われていたことを忘れていた。いや、忙しさを言い訳に考えないようにしていたのかもしれない。教師である父の話し方は、昔から「授業」のようだった。父の「授業」は、基本的に一方通行だ。挙手する暇もない。しかしこの日は、「三者面談」に近かった。
食後、少しほこり臭い布団で横になり、私はスマホで「終活孝行」と検索した。20代前半の自分が終活と向き合うことになるとは。まだまだ知らないこともたくさんある。そんな時は父の「授業」も悪くない。初めてそう思えた。
10月31日(土)毎日新聞掲載
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