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「フィラデルフィア・ソウルの仕掛け人」トム・ベルの功績を松尾潔が解説

「フィラデルフィアより愛をこめて」をはじめ、世界にフィラデルフィア・ソウルを広めた、音楽家トム・ベルが2022年暮れにこの世を去った。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した音楽プロデューサー・松尾潔氏が、フィラデルフィア・ソウルの歴史を紐解きながら、トム・ベルの功績について解説した。    

フィラデルフィア・ソウルの仕掛け人

アメリカ・ペンシルバニア州にフィラデルフィアという街があります。トム・ハンクスさん主演の映画『フィラデルフィア』という作品もありましたが、アメリカで、というよりも世界で最初に、信仰の広い自由を認めた歴史ある街です。

 

ここで1970年代に生まれた音楽はフィラデルフィア・ソウル、もしくはフィリー・ソウルと呼ばれ、世界中に広まりました。アメリカの黒人音楽、ソウルミュージックの歴史では、1960年代のデトロイトから広まったモータウン・ソウルがよく知られていますが、それと並び称される大きなムーブメントでした。

 

そのフィラデルフィア・ソウルの仕掛け人として語られることが多い名作曲家、名音楽家のトム・ベルさんが、2022年の暮れ12月22日に79歳で亡くなりました。

R&B、ヒップホップの隆盛のきっかけをつくる

モータウンレコードでダイアナ・ロスやテンプテーションズ、シュープリームスといった、伝説的なアーティストたちにたくさんのヒットをもたらしたソングライターのラモント・ドジャーが、やはり2022年8月に81歳で亡くなっています。ドジャーとベル、この2人の死というのは非常に象徴的です。

 

何が象徴的かというと、R&Bやヒップホップの隆盛のきっかけになった60年代・70年代の、人種をまたぐヒットを作り出した黒人ソングライターたちが“天寿を全うする”と言えるような年齢になってきたということですね。

 

僕が80年代に黒人音楽に惹かれて音楽業界に入ったとき、まだR&Bとかロックの世界で「老衰で亡くなった方はいない」ってよく聞いていたんです。それぐらい新しいジャンルなんだということです。

 

カフェとかに行くとBGMが「ソウルミュージック一択」という感じで流れていることが結構あるんじゃないかと思うんですよね。それぐらい一つの役割として固定化したといいますか、重要な位置を占めて久しいということだと思うんです。

山下達郎も憧れたマエストロ

トム・ベルさんに話を戻すと、山下達郎さんがトム・ベルに大変強い影響を受けているということをいろんなところで公言しています。達郎さんの「You Make Me Feel Brand New」(邦題「誓い」)は昔、缶コーヒーのCMで使われていましたね。

 

山下達郎さんに限らず、ゴスペラーズもカバーしていたり、オフコースもライブでトム・ベルの曲を歌ったりしていたと思います。本当に日本人好みのメロディアスな、優美なメロディーを作る人なんですよね。

 

トム・ベルさんはレゲエで有名なジャマイカのキングストンで生まれ、子供の頃にアメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアに移りました。ですからルーツとしてはジャマイカ、育ちはフィラデルフィアということです。

 

子供の頃はクラシック音楽の教育をずっと受けていました。彼は名作曲家としてだけでなく、名アレンジャーとしても知られていました。素晴らしいと称されるソングライターの中には鼻歌だけで作っているような人もたくさんいるんですが、広く豊かな音楽性を持ったベルが作るストリングスの流麗な響きや、作曲のテクニックは、マエストロっていう呼び名がふさわしいと言えるでしょう。

プリンスが「世界で最も美しいメロディーを書く人」と賞賛

彼の影響を受けたのは日本人アーティストだけでなく、本国アメリカでも、ホール&オーツのダリル・ホールやプリンスがいます。ホールの場合は、少年時代ベルと一緒にスタジオで歌っていたという間柄です。プリンスはトム・ベルがスタイリスティックスに提供した「Betcha by Golly, Wow」をカバーしていますが、ベルのことを「世界で最も美しいメロディーを書く人」だと評しています。

 

プリンスは惜しくも2016年にトム・ベルよりも先に亡くなってしまったんですが、1958年生まれのプリンスですから、少年時代は70年代。その多感な時期にトム・ベルの紡ぎ出す美麗なメロディー、流麗なサウンドに影響を受けていたのでしょう。

 

プリンスはロック的な表現に長けた人だったんですが、時折びっくりするようなスイートな曲を発表することがありました。そういうタイプのときには、やっぱりトム・ベルや、彼を擁するフィラデルフィア・ソウルの影響が出ていましたね。

「フィラデルフィアより愛をこめて」

トム・ベルという名前を、今回初めて聞いたという方もたくさんいると思うんですが、彼の生み出したメロディーやサウンドは、意識しなくても絶対皆さん触れているはずです。有名なところではスタイリスティックスとかスピナーズ。とくにスピナーズの「Could It Be I'm Falling in Love」は「フィラデルフィアより愛をこめて」という邦題がつけられたぐらい、当時のフィラデルフィア・ソウルの代表を担っていたような曲です。

 

「フィラデルフィアは兄弟愛の街」とも言われます。冒頭に紹介した映画『フィラデルフィア』でも、トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンの心通い合うさまを描き、兄弟愛がテーマになっています。本当にトム・ベルはそれを音で体現していたなと今になって思います。

 

トム・ベルと並んで、フィラデルフィア・ソウルの功績者であるギャンブル&ハフという2人組のプロデューサーも戦略的にフィラデルフィア発信のソウルを世界に広めるということをやりましたが、トム・ベルは「毛細血管のように音楽成分を世界中の細かいところにまで届けた」ということを感じます。

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