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「最も重要」から「重要な隣国」へ…外交青書が示す日中の現在地

飯田和郎

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東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、4月20日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演。2026年版「外交青書」に描かれた日中関係の現在地について読み解きました。

変わらぬ「戦略的互恵関係」というキーワード

外務省は先日、2026年版の「外交青書」を発表しました。外交青書は、国際情勢がどのように移ってきたか、また日本政府の外交活動をとりまとめたもので、1957年から毎年発行されています。2026年版は、主に過去1年間の情勢を点検しており、外務省のホームページでも公開されています。

これを読み解くことで、日本が個別の国や地域にどのような姿勢で臨むかが分かります。今回は、この外交青書に描かれる日中関係の現在地について考えてみましょう。

日本政府は、中国をどのように位置付けているのでしょうか。中国に言及する部分には毎年「二国間関係一般」という項目があります。その項目で、2026年版はこのような書き出しから始まっています。

「中国とは、戦略的互恵関係を包括的に推進し、建設的かつ安定的な関係を構築していくことが一貫した方針である」

「戦略的互恵関係」とは、日中関係のキーワードです。平たく言えば、「日本と中国の間は歴史問題など見解が異なる対立もあるが、互恵(=互いに利益のあるウィンウィン)を目指しましょう。政治、経済共に、二国間関係だけではなく、アジア地域、そして世界規模の課題を解決に向けて取り組みましょう」ということです。これはちょうど20年前の2006年、当時の安倍晋三首相が北京を訪問し、胡錦濤主席(当時)らとの間で謳い上げたものです。

「最も重要な二国間関係の一つ」からの格下げ

今年の外交青書は、先ほどの書き出しに続いてこう記されています。

「重要な隣国であり、様々な懸案と課題があるからこそ、意思疎通を継続しながら、国益の観点から冷静かつ適切に対応していく」

今日の日中関係の冷却化を鑑みれば、中国との付き合いは「国益の観点から冷静かつ適切に対応していく」という方針に、多くの国民が同意するでしょう。ただ、1年前の2025年版の外交青書との相違には注意を払う必要があります。とりわけ漢字という文字を共有する日本と中国の間では、微妙な表現の変化は、時として相手に敏感に刺さるからです。

2026年版は中国を「重要な隣国」と位置付けました。しかし、2025年版では違う表現でした。

「隣国である中国との関係は、日本にとって最も重要な二国間関係の一つであり、両国は緊密な経済関係や人的・文化的交流を有している」

1年前の外交青書は日中関係を「日本にとって最も重要な二国間関係の一つ」としていました。しかし今年の青書では、中国は「重要な隣国」となっています。これは明らかに位置付けの「後退」です。英語版を見ても「most important bilateral relations」から「most(最も)」が抜けました。事実上の格下げです。

友人関係に例えれば、「君は僕にとって、かけがえのない親友の一人だ」と言われていたのが、1年後には「君は僕の大切な友人だよ」に変わったようなものです。そう言われたら、相手はどう感じるでしょうか。

具体化された懸案と「高市カラー」の反映

さらに、2026年の外交青書は、「二国間関係一般」の項目の書き出しから、日中両国の間の懸案や課題を具体的に例示しています。

1.尖閣諸島を含む東シナ海、南シナ海における中国の威圧(一方的な現状変更の試み)

2.ロシアと中国の連携を含む日本周辺での軍事活動

3.中国によるレアアース等の輸出管理措置

また、台湾海峡の平和と安定も重要とし、自由や人権が損なわれている香港や、新疆ウイグル自治区についても「深刻に懸念している」と述べています。日本政府から台湾、香港、新疆ウイグルについて言及されれば、中国が「内政干渉だ」と反発するのは明らかです。

二国間関係の位置づけの「後退」や、こうした具体的な言及には「高市カラー」が表れているのではないでしょうか。高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁で冷え込んだ日中関係を反映した形です。日本から中国が反発する部分に切り込めば、向こうも態度を硬化させるということも考えなければなりません。

実際、中国外務省のスポークスマンは、外交青書に関連して「日中関係が現在の局面となった根源は、高市早苗首相の台湾に関する誤った発言にあります。信頼を裏切り、中日関係の政治的基礎を破壊したことにあります」と強く批判しています。一方で、外交青書を出した外務省の茂木敏充外相は「日中間には課題と懸案があるからこそ、意思疎通が重要であり、我が国としては、中国との様々な対話についてオープンであります」と述べています。

戦後最も厳しい安全保障環境の中で

今回発表された外交青書は、本章の最初に現在の国際情勢をどう認識しているかという分析があり、次のように記されています。

「自由で開かれた国際秩序は、大きく動揺している。パワーバランスの変化や地政学的競争の激化を受け、歴史の大きな変革期にあり、こうした中で、現在、日本を取り巻く安全保障環境も、戦後最も厳しく複雑で、一層緊迫したものとなっている。かつての『ポスト冷戦期』といわれた比較的安定した時代は既に終えんを迎えたといえるだろう」

「日本を取り巻く安全保障環境も、戦後最も厳しく複雑で、一層緊迫したもの」「比較的安定した時代は既に終えんを迎えた」という極めて厳しい現状認識です。これは中国や北朝鮮を指すのでしょう。これが、「今こそ防衛費をさらに上積みして備えよう」という動きにつながるのかもしれません。

昨今の日中関係を眺めると、中国側が激しい言葉で日本への攻撃を繰り返し、日本向けの輸出規制を強めています。日中関係をボクシングだとすれば、ストレートパンチを浴びせてきている状態です。一方の日本は静観を装っていますが、今年の外交青書の文言が表すように、しっかりとジャブを返しています。これでは、互いにウィンウィンにはならないのではないでしょうか。

戦略的互恵関係の「戦略的」とは、知恵を巡らせて互いに恵みをもたらすということです。日中両国はかつて、そう誓い合いました。今こそ、そこに立ち戻らないといけないのではないかと考えます。

「引っ越し出来ない隣人」に対し、「日本は、中国との対話についてオープン」と言うだけでは前には進みません。こんな時だからこそ、「いろいろあるけど、やっぱり君は僕にとって、かけがえのない親友の一人だ」と言ってみるのも一つの策だと思います。それは決して弱腰ではなく、したたかな「戦略」ではないでしょうか。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。