5年前、東区名島で開業した「和平カレー(かずへいかれー)」。その後香椎店をオープンし2店舗体制としていたが今年2月に名島店を閉店。香椎一本に絞り初心に返ってリスタートした。店主の山崎和平(かずへい)さんは神奈川県生まれの元ギタリストという面白い経歴。この機会にそれまでの人生とカレー店経営に対する想いを聞いてみた。
神奈川県在住のギタリストだった和平さん
― 和平さんは元々関東出身のバンドマンだったんですよね?
和平さん そうです。神奈川県逗子市に生まれ育ち、中学でギターにハマって高校時代からはパンクロックのバンドでギターを担当していました。卒業後はアルバイトをしながらプロミュージシャンを目指していました。バンドでオリジナル曲を作って日本全国北海道から沖縄までハイエースに乗って47都道府県で走り回ってライブしてましたよ。一番多かった時は2017年に100本のライブをしました。
― 福岡に来るきっかけは何だったんですか。
和平さん 長崎県のバンド友達から「ギタリストを探しているんでこっちに来ないか?」と誘われたんです。「さすがに長崎は遠いよ」と断ったのですが、「もっと近いよ」と言われて詳しく聞いたら「福岡」でした。関東から見たら同じなんですけどね(笑)。それでもなんとなく福岡は好きな町だったのでその話に乗って福岡に引っ越してきました。
バンド活動時代のライブ風景(和平さんは左前のギター担当)
福岡へ移住、そしてカレーとの出会い
― なるほど。その後は福岡を中心にバンド活動をしたんですね。
和平さん はい。しばらくはアルバイトしながらバンド活動もやってました。しかしプロを目指すのはそう簡単なことではなく上手くいかずいろいろと悩むようになったんです。結局、適応障害になってしまったんです。
― それは大変でした。今の和平さんの笑顔からは想像も出来ませんが。
和平さん 病院の先生に「音楽以外に趣味を見つけたら良いんじゃない?」と言われたんです。そんな急に趣味と言われても、、、と思ったんですが、春吉のスーパー「フクショク」に寄った時に、たまたまカレーのスパイスが目に入ったんです。そう言えばこの前新宿で食べたカレーは美味しかったなぁと思い出して、カレー作ってみようかなとなったんです。元々カレーは好きだったんですが、調理の経験はほとんどなかったのでYouTubeや本で勉強を始めました。包丁の使い方や野菜の切り方から勉強するレベルだったのですが、中学生の頃にギターを初めて触った時にビビッ!!と来たのと同じ感覚がカレーを作る中で感じて、「俺、カレー屋さんになるかも!!」というひらめきみたいなものがあったんです。そうしているうちになんと抗うつ剤も飲まなくて大丈夫になりました。それが2018年の春でした。
― それはすばらしい。先生のおかげか、スパイスの力か!!という感じですが、その頃もまだバンド活動はしていたんですよね。
和平さん やってました。ツアー中に全国のカレーを食べ歩きながら調理のアイディアやインスピレーションも得ていました。バンド活動しながらもカレーはずっと作っていて、#和平カレーというハッシュタグをつけてSNSでカレー写真をアップしていました。それがバンドのファンの人たちに話題になってファン向けのイベントでカレーを試食してもらったりもしてました。
― そしていよいよカレー店開業へと向かうわけですね。
和平さん 2019年3月にバンドを脱退してカレー店を仕事にすることにしました。まずは中央区舞鶴の「バー浮雲」さんでのイベント出店を経験して、そのまま昼の時間を間借りしての営業から始めました。店名はハッシュタグ#和平カレーのまま「和平カレー」でスタートしました。
― いきなりの開業ですが、集客はどうでしたか。
和平さん 最初からお客さんがどんどん来るほど世の中は甘くなかったですが、FBSのテレビ番組「土曜のカレー」というコーナーで取材に来てもらってからはSNSなどで話題になり徐々にお客さんも増えてきました。最初は週1回の営業でしたがその後週4回まで増やしました。自分が料理したカレーをお客さんに食べてもらい喜んでもらうという経験がいままでなかったため、とても新鮮で嬉しくてやりがいがある仕事だと思いました。
― コロナ禍の影響はありましたか。
和平さん 2020年春からは週4回営業していたんですがコロナ禍になって一度はまったく営業を辞めました。その後様子を見ながら昼の営業だったので通常営業に戻しました。最大で週6回まで増やしていきました。
名島で開業した頃の和平さん。まだマスク必須の時代でした。
実店舗「和平カレー」オープン
― そして、東区名島でいよいよ実店舗でオープンしたんですね。
和平さん 間借り営業スタートから1年半くらい経った2021年1月に名島店をオープンしました。独立に向けて市内で物件を探していたんですが、名島の物件が見つかってすぐに決めました。
― その後、香椎店をオープンして現在は名島店を閉めて香椎店のみでの営業ということですね。ところで、和平さんのカレーはどんなカレーでしょうか。
和平さん 大阪や京都でコロナ禍前によく食べていた大好きだったスリランカのライス&カレーをイメージしたもので、副菜を2種のせてカレーを組み合わせるスタイルで始めました。
名島店時代のカレー
和平さん 現在はさらに副菜の大事さを感じるようになって、サンボル(和え物やふりかけ)やアチャール(スパイス漬物)とダール(豆カレー)、パパド(豆の煎餅)を含めて7種類になりました。それにカレーを組み合わせるスタイルで、定番のパキスタンカレーの他に日替わりで2種類出しています。追加100円でカレーの2種掛けも出来ます。お客さんのだいたい7割くらいが合い掛けを注文されますね。
― 特に和平さんらしさを出しているのはどんな点でしょうか。
和平さん カレーの味付けは本場の現地のカレーというよりは、和風の出汁をとったり、みりんなども使いながら日本人の舌にも合うように自分が好きな創作カレーを出しています。
― 1店舗になりましたが、いかがでしょうか。
和平さん 名島店を閉めたのは人手不足という要因が大きかったのですが、1店舗に絞って良かった点もありました。僕が毎日仕込みをするのでカレーの味や盛り付け、さらには接客も一定の基準が保てるし人と時間を香椎店に集中することにより経営的な効率もアップしましたね。最初は売上が減ることも心配しましたが、内容的には今のほうが充実しているかもしれません。
香椎本店での現在のカレー(日替わりの合い掛けの例)
今後の「和平カレー」について
― さて将来に向けての夢や、やりたいことはありますか。
和平さん 「和平カレー」としてはある程度自分がやりたかった目標は達成したので、あとは今の味と質を安定させていくことを頑張ろうと思ってます。その代わり、夜営業として「タコスとスパイス料理居酒屋」をやりたいんです。もちろんカレーも提供できるようにしますが、スパイスという縛りの中でもう少し視野を広げた飲食店にしていきたいです。特にタコスには力を入れようと現在準備中です。東区どころか福岡に何の縁もゆかりもなかった自分ですが、縁あって香椎に根を下ろしたわけなので、香椎の夜に何か一旗揚げるような店にしていきたいです。それが今の夢というか挑戦したいことですね。それまで仕事一筋で頑張りますよ。
― ちなみに音楽とかギターについては現在のところどういう関わり方でしょうか。
和平さん 今でもギターを触らない日はないですね。バンドを辞めて7年経ちますが毎日なにかしら弾いています。逆に余裕を持って音楽のことを感じられている気がします。人生のどこかのタイミングでまたチャンスがあればステージに立ちたいという気持ちは今でもありますよ。
― ところで神奈川県におられるご両親はバンド活動で全国飛び回っていたかと思ったら九州でカレー店を営んでいる和平さんに対してどんな想いなんでしょうか。
和平さん 両親は放任主義なんです。自営業をやっている家族ばかりで特に心配していることもないと思います。小さい頃から自己責任で好きなことをさせてもらってきたんです。その代わり親の援助に頼るなよという教育方針でしたのでありがたかったです。
― ギターにしろカレーにしろ、好きになるとのめり込む性格なんでしょうね。さらにそれをただの趣味でなく生活や人生にしているところがすごいと思います。これからの香椎をもっと盛り上げていく飲食店の一つとして是非頑張ってください。僕も東区民ですので楽しみにしています。タコス始まったらすぐ食べに来ますね。今日はありがとうございました。
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