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ACジャパン「寛容ラップ」は不寛容な時代だからこそ共感を呼んだ

安倍元首相が遊説中に凶弾に倒れて1週間。その余波で、テレビやラジオCMの一部が公共広告に切り替わった。元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんがRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演し、今話題の「寛容ラップ」を題材に、公共広告について考えた。  

安倍元首相銃撃事件で一斉に増えた公共広告


(レジ店員) 639円です。

(お婆さん) お財布どこだったかしら…え~とあら…

(呂布カルマさん) なに会計でもたついてんだあのばあさん
ひとこと言ってやるか…

(靴音) タン!タン!タン!タン!

(呂布カルマさん) ♪Yo!もしかして焦ってんのかおばーさん
誰も怒ってなんかない アンタの
ペースでいいんだ 何も気にすんな
自分らしく堂々と生きるんだ

(お婆さん) ♪迷惑かけてしまってるなって
焦ったらまさかの優しい発言
アタシも反省 見た目で判断
もう要らないわ色眼鏡なんか

(呂布カルマさん) ♪みんな違うのあたり前

(呂布カルマさんとお婆さん)
♪ひとり一人に リスペクトイエーーッ!

(ナレーション) たたくより、たたえあおう。
ACジャパン「寛容ラップ」ラジオCMより
 

「寛容ラップ」というコマーシャルで、いま「いいCMだ」とか「自分もこうありたい」とか、話題になっています。

 

あの日(安倍元首相銃撃事件)から公共広告が増えているのは、広告主の中に、CMを自粛する動きがあるからです。過去には、昭和天皇のご逝去や、東日本大震災や熊本地震など大規模な災害の時がそうでした。

 

あくまで、広告主側の自主的な判断ですが、ある企業の広報部長に聞くと「念のため、広告代理店に『他社さんはどうされるか?』と聞いて、結果的に横並びになることが多い」そうです。だから視聴者からすると、ほぼ一斉に通常のCMが消えるように見えるんですね。

 

実はこれ、新聞や雑誌もそうで、掲載予定の広告が止められる(これを業界内で「飛ぶ」という)ことがあります。安倍さんが亡くなった翌日の朝刊もいくつか大きな広告が飛んだそうで、新聞社にとっては結構な痛手ですが、やむを得ません。

 

さて、その公共広告で最も多いのは「ACジャパン」の提供で、先ほどの「寛容ラップ」もそうです。ACジャパンは「公共広告機構」として1974(昭和49)年に設立され、メディアをはじめ多くの企業が会員となって、その会費収入で運営されている公益社団法人です。

 

ACで制作される公共広告には、

▽全国で放映する「全国キャンペーン」

▽全国を7ブロックに分けて地域の課題などを取り上げる「地域キャンペーン」

▽骨髄バンクや動物愛護協会など、その年の支援団体を決めて放映する「支援キャンペーン」

などがあって、「寛容ラップ」は今年度の全国キャンペーンの一つです。

 

今年7月から始まった全国キャンペーンはもう一つ、87歳のプログラマー、若宮正子さんを取り上げた「バッターボックスに立つ87歳」があって、支援キャンペーンには、お父さんを亡くした子が父の日に書いた作文を、俳優の吉岡秀隆さんが読み上げる、あしなが育英会の「またお父さんと」などがあります。

「叩き合い」の世の中だからこそ共感呼んだ寛容ラップ

話を「寛容ラップ」に戻します。改めてストーリーを振り返ると――

 

コンビニのレジで支払いに手間取るお婆さんに、後ろに並ぶ、ちょっと怖そうなお兄さんが足踏みを始めて一触即発…と思いきや、お兄さんはラップに乗せて、こう歌います。

♪Yo! もしかして焦ってんのか おばーさん

誰も怒ってなんかない アンタのペースでいいんだ 何も気にすんな

自分らしく堂々と生きるんだ
すると、またビックリ。お婆さんもラップでこう返します。

♪迷惑かけてしまってるなって

焦ったら まさかの優しい発言

アタシも反省 見た目で判断

もう要らないわ 色眼鏡なんか
そして二人そろって

♪ひとり一人に リスペクト

たたくより、たたえあおう。
――というのがラジオ版。

 

テレビの60秒バージョンでは、この後、コンビニの女性店員もラップで

♪たたくより、たたえあおう

それが、優しい世界~
――と歌って終わります。

 

ちょっと怖いお兄さんを演じているのは、ラッパーの呂布カルマさん。テレビの勝ち抜き番組で2回頂点に立った有名ラッパーで、その本職に見事にラップを返すのは73歳の女優、小田原さちさん。そして、コンビニの店員役はタレントの蘭さん。この蘭さん『水曜日のダウンタウン』で4年前、芸人のクロちゃんに告白されたけどフッて、話題になったことがあります。

 

このCMがなぜこんなに共感を集めているか――ですが、それはこのCMのタイトル「寛容ラップ」の裏返し、現代が「不寛容な時代」だからでしょう。ロシアのウクライナ侵略や、アメリカ国民のトランプ支持・不支持に象徴されるように、世界中でさまざまな対立や分断が表面化して、日本でもヘイトスピーチやネット上の誹謗中傷とか、いつの間にギスギスと「叩き合い」の世の中です。

 

中でも身近なのが、若者と年長者の世代間対立。このCMではそこに、電子マネーを使える・使えないの「デジタル格差」と、外見で人を判断しがちな「偏見」の要素も加えて、若者の苛立ちも、おばあちゃんの焦りや怖さも、どちらも実感として分かるから、想像とは逆の結末に、ある種のカタルシス、救われた爽快感を感じますよね。

 

そして、まさにこのCMの狙いであろう、「つまんないことでイライラするのはやめよう」「見た目で人を決めつけるのはやめよう」という気持ちを呼び覚ましてくれます。銃撃事件の衝撃を和らげるという意味でも、ピッタリの代役といえる公共広告でした。

 

最後に今回の事件は、防げた死だったという警備上の不備と、今も続く旧統一教会の献金問題、教会と政治との関係――という三つの大きな課題を残しています。今は安倍元首相のご冥福を心から祈りながら、三つの課題については「Yo,何も気にすんな」とは行かないことも事実です。

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