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路線価4年連続上昇の背景…土地価格から読み解く日本

山本修司

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国税庁は7月1日、相続税や贈与税の算定基準となる2025年分の路線価を公表しました。全国平均では4年連続で上昇し、特にインバウンドの影響が強い東京や福岡といった地域での上昇が目立ったようです。国が発表する土地の値段に関する指標はほかにもあります。それぞれの違いや今回の路線価から何が読み取れるのかなどについて、7月4日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した、ジャーナリストで毎日新聞出版社長の山本修司さんが解説しました。

路線価・公示地価・基準地価:3つの指標とその役割

路線価は国税庁が全国約32万地点を調査して発表するもので、相続税や贈与税の算定基準となるものです。ほかに「公示地価」「基準地価」というのがあります。公示地価は国土交通省が全国約2万6千地点を調べた1月1日時点での土地の価格、基準地価は都道府県が約2万地点を調べた7月1日時点での土地の価格で、いずれも土地の売買の目安とすることを目的にしています。

バブルの前後のように土地の価格が極端に上がったり下がったりすると経済に悪影響を与えたり、国や自治体が公共事業を進める際に問題が出ることになりますので、そうならないよう、いわば正常な価格を公的に示しているわけです。

路線価は、全ての土地の価格を算定するのは大変なので、いってみれば道路に値段を付けたものです。それで路線の価格、路線価となります。ですから、発表するときには「中央区銀座5丁目銀座中央通り」などとなっています。ちなみにここは40年連続で一番高かった鳩居堂前で、1平方メートルあたり4,808万円、1万円札の大きさの土地が約58万5,000円だということですから、目玉が飛び出ます。

路線価は相続税や贈与税の算定基準になると言いましたが、相続税法は財産を「時価」で評価すると定めていて、土地は現金などと違って時価の把握が難しいので、国税庁が原則として路線価に基づいて算定することを認めて、課税負担が公平になるようにしています。原則として、と言ったのは、場合によっては実際の路線価より極端に高かったり低かったりするケースがあるということです。

例えばタワーマンション(タワマン)は最上階と低層階とでは路線価は一緒ですが、実際の価格は極端に違います。このため価格の高いタワマンの最上階を取得して路線価で申告することで相続税額を低くしようとする節税策が一時問題になりましたね。その逆のケースもあるわけで、こうしたときには、より実態に近い金額で算定されることになります。

路線価から見えてくる「未来の地図」

私は国税庁を記者として3年半ほど担当したので、路線価も取材したのですが、土地の価格というのは本当に様々な決まり方をするということを実感しました。私が現場で取材した30年近く前は、東京の銀座とか福岡の天神などは全体的にその地域が高いという感じだったのですが、ちょうどそのころから、同じ銀座や天神でも、道一本隔てれば、場合によっては数件違っても4割くらい違うという土地が出てきていました。

地元の不動産業者に片っ端から実勢価格を聞いて回って、路線価よりも極端に高い土地、逆に安い土地を色分けしながら分析すると、高いところは地上げが進行中だったとか、十数年先に新たな地下鉄が通って駅ができる予定があるとか、スーパーが土地の取得を始めているとか、様々な理由が分かって、言ってみれば「未来の地図」が出来上がっていくわけです。

さらに土地の登記簿謄本を取っていくと、土地所有者や売買の履歴、関わってきた個人や会社が分かり、中には暴力団のフロント企業だったりもするのですが、そうしたことが分かってその土地の持つストーリーが浮かび上がってきます。それが面白くてやめられなくなって、登記簿を取るための印紙代が何万円にもなって上司に怒られたこともありました。

つまり、路線価などはいわば参考価格で、実際に取引される価格というものはもっと生き物のように動いていることが分かります。よく公示地価や基準地価が実勢価格に近いという解説を見ることがありますが、土地が動くときには売り手と買い手の状況や、未来にそこがどうなるかということで値段が大きく変わってくるので、国が算定する指標とは乖離が大きくなります。

それでは、路線価、公示地価、基準地価と三つも指標が必要なのか、ということになりますが、私はこれから説明するような理由で、必要だと考えます。

路線価上昇の背景と相続税への影響

路線価が最も高かった都道府県は東京で、沖縄、福岡と続くのですが、共通するのはインバウンドや外資の影響です。特に東京は、中国を中心とした勢力がマンションや土地を投機対象としていて、いまや世界の都市別の不動産への投資額ではニューヨーク抜いて東京がトップに立っています。

先ほどタワマンの話をしましたが、東京では売り出したらあっという間に完売という物件も珍しくなく、住居としてではなく投資の対象としているケースが多いといわれています。こうしてマンション価格が高騰して、福岡でも億ションがどんどん出ているという状況です。九州では熊本も路線価が上昇していますが、これはTSMCをはじめとした半導体企業の進出が影響していると思われます。

ただ、どう影響しているかを正確に把握することは簡単ではなく、いまのように土地の価格がめまぐるしく変わる状況の中では、様々な角度から見た一応「正しい価格」である三つの指標があることには意義があると私は考えています。

路線価の歴史をみると、私はかつて「路線価8年連続下落」という記事を書いたのですが、それから20数年は上昇に転じて、今回の「4年連続上昇」という記事は明るい話題のように感じます。しかし、路線価が上がるということは、相続税や贈与税も上がるということです。私は本来、土地はみんなのもので、先祖代々の土地というものの大切さは感じながらも、親が頑張って買ったものが引き継がれて固定化することには、違和感を持っていました。

一方で、路線価が高騰して相続税を支払えず、やむなく物納、土地の現物で納税するという事態になることにはつらいものを感じます。「目白御殿」と呼ばれた田中角栄元首相の元邸宅が、197億円もの相続税のため物納されたのは有名ですが、錚々たる大物政治家が「目白詣で」を繰り広げた舞台も、税金の重みに耐えることができなかったわけですね。これはあまりにも市民感覚からはかけ離れたケースですが、路線価の上昇は物納の増加につながる可能性がありますので、路線価の本来の目的である「適正な価格」であることが求められるということを確認しておかなければなりません。

食料品など毎日買うものでない土地については、日々関心を持つということではないと思いますが、国が路線価などを公表した際に、少し考えてみるのもいいのではないかと思い、今日のテーマにしてみました。

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この記事を書いたひと

山本修司

1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。