スープについて考えることは、麺について考えることと同義。
両方を同時に考えてこそ「はなもこし」の味になる。
無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム。前回は直方市の「ラーメン・カフェ・ダイニング 温(あたか)」を紹介した。
今回は、というよりも、“ついに登場”ともいうべき店について書こうと思う。個人的にかれこれ15年にわたって通い続けてきた薬院の至宝、「麺道はなもこし」。過去に上梓した著書「秘蔵の一杯」をはじめ、雑誌やweb媒体などでおすすめしたのは数え切れず。まさに個人的な“五ツ星店”であり、ぼくの人生における名店中の名店だ。
通えば、通うほどに深みを感じる、ここは底なし沼。きっと、廣畑さんが別の業態に転身しても、追い続けていく。そんなガチ勢な山田的「はなもこし」紹介。
「麺道はなもこし」(以下、はなもこし)公式ツイッターの新着ポストに「本日無化調とんこつラーメン『にんにくレザレクション』ございます」とあがる。こういったお知らせのたびに、「くうう、明日は行けない」と項垂れる。ぼくの拠点が福岡市から宗像市に移り、それまでのようにチャリで10分かっ飛ばして食べに行けるような環境ではなくなり、タイムリーに「はなもこし」の今に飛びつけなくなって久しい。
ぼくが綴ってきた食べ歩きの記録「その一杯が食べたくて。」を遡ってみると、「はなもこし」に初めて訪れたのは、2011年10月23日だった。当時、編集者の先輩から推されたのが出合いのきっかけだ。ちょうど「鶏と麺 花もこし」という昼にちゃんぽん、夜に地鶏の炭火焼きや水炊きといった鶏料理を出す居酒屋業態から、現在のラーメン専門店「麺道はなもこし」へとリニューアルしたタイミングだった。ぼくの初来店は、図らずも、店主・廣畑典大さんにおけるターニングポイントの目撃となる。
廃盤となった「濃厚鶏そば」(現在は提供なし)。久しく「はなもこし」の屋台骨を支えたロングセラー。
なぜラーメンだったのか。昔、廣畑さんに聞いたことがある。「やっぱり、自分の料理だから、全部、責任を持ちたかった。1人で切り盛りするようなラーメン店なら、それができる。そう思ったんです」。ぼくは居酒屋時代の廣畑さんを知らない。ただ、居酒屋、つまり大衆的な酒場となれば、店のキャパもそれなりに広く、料理や酒の種類もある程度、多様でないといけない。それが一人でやれる業態ではないことは、安易に想像できた。
もう一つ、廣畑さんがラーメン店への転身を決めたのは、製麺機との出合いも大きいのだという。「居酒屋時代に、この先、どうやっていこうかと迷っていたときに、たまたま製麺機のチラシを見たんですよ。元々、スープづくりはやってきたので、麺まで打てるようになれば、自分が思い描いていた営業スタイルが実現できると思ったんです」と振り返る廣畑さん。
製麺機を購入し、試作してみたラーメンの味わいで、その思いは確信へと変わる。
「得意だった水炊きのスープ、そこに合わせた自家製の麺。自画自賛にはなりますが、すごくおいしくって。調べてみたら、その当時、福岡で白濁した鶏スープのラーメンを出していたのは、北九州に一軒だけだったんです。福岡では“鶏白湯”という言葉も全く浸透していない時代ですから。他にやっている店が全然ないんだったら、自分がやってみよう。決意は固まりました」
「中青井系中華そば」。合わせる細麺は、まるで蕎麦のようなライ麦練り込みの細ストレート。
こうして濃厚鶏白湯スープのラーメン、そのつけ麺バージョンのつけそばの二刀流でスタートを切った新生「はなもこし」。その後、廣畑さん元来の探究心が推進力となり、数々の名作を世に送り出してきた。
後に「濃厚鶏そば」と命名される鶏白湯スープの「ラーメン」を軸にしつつも、「鶏つけそば」、第一次となる「鶏中華そば」、芝麻醤をほぼ入れない汁なし担々麺風の「まぜ麺」、肉うどんみたいな中華そばこと「肉宇宙」、“40代からの”という謳い文句がよく似合った「鶏そばアメリカン」、真っ黒なスープが度肝を抜いた「もこしブラック」、廣畑さん的な解釈で仕上げた冷やしラーメン「ひやかけ」、夜限定で提供されていたメニューまで含めると、もっと多種多彩なラーメン、果てにはパスタまでもが提供されてきた。
個人的に何度もリピートした「鶏そばアメリカン」。40代からの、という枕詞が好きだった。食べた後に、もう一度、おいしさを噛み締めた一杯だ。※現在は提供なし
肉うどんのような中華そば、略して「肉宇宙」。そのぶっ飛んだアイデア、それに負けない実力を兼ね備えた名作だった。※現在は提供なし
その時々の表現――。廣畑さん自身が年を重ねることで、作りたいラーメン、理想の味も、そこに伴って変化していく。メニューの移ろいは、なんだか廣畑さんの人生の軌跡のようだ。
現在、店で提供しているのは、「特上中華そば」「中青井系中華そば」という醤油ラーメン2種。これらが二枚看板となり、そこに時折、限定メニューが加わるものの、とりわけ前者「特上中華そば」の系譜は、ここ数年、常にオンメニューされ続けてきた。
現在の主力を担う「特上中華そば」。出汁の濃厚さが圧倒的。
ぼく自身、贔屓にしているこの「特上中華そば」は、うま味調味料未使用。思えば、「はなもこし」のラーメン全般は、謳われてこそなかったが、昔からずっとうま味調味料に頼らない調味がなされてきたように思う。それはひとえに出汁への強い思いがあったからだ。
例えば、現在のように、醤油ラーメンを主軸に置くようになる以前の看板メニュー「濃厚鶏そば」は圧倒的な鶏ガラの物量において、徹底的にうま味を抽出するようなスープの取り方だった。きっと、そうやってできあがった鶏ガラスープは、濃厚という言葉だけでは言い尽くせないほどのうま味の結晶となり、もはやそういう調味料を入れなくても成立するような一杯となるはずだ。
ただ、そんな仮説を立てて、廣畑さんに話を聞くと、こんな言葉が返ってきた。
「やればやるほど思うのが、わずか5分足らずで食べ終えてしまうラーメンという料理について、やりすぎても伝わりにくい、ということですね」
それはラーメンが備える宿命のようにも感じた。ラーメンはスープと麺の組み合わせがベースにあり、そこにかえし、タレなどによって塩ラーメン、醤油ラーメン、味噌ラーメンというようにジャンルが広がっていく。ただ、一つ言えることは、冷やしラーメンなどの一部を除けば、どのラーメンにおいても、麺がのびると、あるいはスープがぬるくなると、味わいが著しく損なわれてしまうという点だ。つまり温度が肝になる。時間との戦いなのだ。
「うちの場合、特に麺は提供した瞬間がピークで、1分、2分、もっと厳密にいうなら秒単位でどんどん味が損なわれていってしまうんです。ラーメンではなく、出汁、つまりスープだけで完結する料理とは勝手が違うんですよね」
廣畑さんの中に「ラーメンは限られた時間で食べる料理」という考えがあり、丼と対面するそのわずかな時間の中で、何を、どれだけ伝えられるか、が腕の見せどころとなる。
もう一つ付け加えるなら、ラーメンは丼一杯で完結する料理だ。レストランのコースのように何皿も出して世界観を表現するようなスタイルではない。
追加麺の一つ、紅い玉。自家製ラー油が食欲を掻き立てる。
追加麺の新作、スパイス玉。オリジナル配合のスパイスと特製ソースの組み合わせが秀逸。
「塩梅が大事なんです」と廣畑さんは言う。
出汁をどれだけ重ね、そこにどれくらいの塩気と脂っ気を乗せるか、トッピングは何が必要か、あるいは何が不要かを見極め、スープとの絡みを考え抜いた上で、麺の厚みや長さ、形状を微調整していく。ラーメンという料理の構造を常に念頭に置きつつ、軸足がブレないように作り上げることで、「はなもこし」のラーメンは完成する。
例えば、「特上中華そば」は、鶏ガラ、豚骨を本枯れ節や羅臼昆布といった魚介と一緒に炊き込み、スープに旨味を凝縮させる。ポイントは、何かが突出しないような味のバランス。旨味をひとかたまりにすることで、出汁の存在感をしっかりと表現する。「お品書きの紙には一口目のインパクトがない、と書いているんですが、出汁の強さだけでいったら、過去に出していた濃厚鶏そばのスープよりも濃いんですよ」という廣畑さん。ラーメンは塩気、脂っ気も重要な要素であり、一般的には出汁よりも明確に舌へと伝わりやすい。「特上中華そば」は出汁をしっかりと引いている分、香味油を極限まで削ぎ落とす。脂っ気が減ると、それに比例して、塩分も少量で済む。
「そこで重要なのが、麺なんです。丼の中にある麺の体積によってスープの調味はがらりと異なりますからね。スープと麺の絶妙な塩梅を探るのが、大変なんですが、やっぱり何物にも代え難いくらい楽しくって。何かを変えたら、他の何かを変える。多方向にバラツキのあるものを、安定させる難しさって言うんでしょうかね。ずっとその繰り返しです」
廣畑さんにとって、スープついて考えることは、麺について考えることと同義。両方を同時に考えてこそ「はなもこし」の味になる。
近年、「はなもこし」では、出汁の原材料において、その産地を明記しなくなった。その理由は「産地で括ってしまうと、安定しないから」だという。常に嗅覚を研ぎ澄ませ、食材と向き合う。そこで見えてくるのが、食材とは自然と同義であり、環境の変化がダイレクトに表れること。ゆえに、産地ではなく、その年、その年の品質、つまり出来の良さを基準にして選ぶようになったのだと教えてくれた。
近年、「情報を食べている」と感じることが増えた。どこどこ産だから質が高い。何々が入っているから美味しい。果たしてそうなのか。ぼく自身、凡人なので、やっぱりそういう言葉に引っ張られてしまうこともある。
だから、定期的に廣畑さんのラーメンを食べる。その一杯は、ぼくにとって灯台のような存在であり、帰ってくる場所だ。
先日、「特上中華そば」を食べていて、強く感じた。「今、ラーメンを食べている」と。スープを飲みながら麺の存在に触れ、麺を啜りながらスープを感じる。そこに境目はなく、一体感とは、まさにこういうことなのだと思った。丼の中の全てのパーツが、一つになっている。あたかも球体のように、丸い。だから、“ラーメンそのもの”を、丸ごと食べているように錯覚したのだ。情報ではなく、本能で食べる。そういう感覚を、「はなもこし」のラーメンはもたらしてくれる。
スープに合わせて麺を調整し、その麺に対してスープをすり合わせる。行ったり来たりを繰り返し。できあがった一杯は、もはやオーダーメイドの域を突き抜け、さながらオートクチュールのドレスを纏ったかのような完成度だ。これ以上はあるのか。最後に、廣畑さんへ「理想のラーメン像とは?」という質問を投げかけてみた。
「日清食品さんの名作、カップヌードルの醤油味ですね。ラーメンでありながら、スープの組み立て方からトッピングの使い方まで、全てにおいて規格外じゃないですか。あれをいつか無化調で完全再現してみたいですね」
その一杯を食べるまでは死ねないなと思った。
ジャンル:ラーメン、麺
住所:福岡県福岡市中央区薬院2-4-35 エステート・モアシャトー薬院
営業時間:11:45~13:30、19:00~20:30 ※売り切れ次第終了
定休日:水曜、木曜、日曜
席数:カウンター5席、テーブル4席
メニュー:特上中華そば1000円、中青井系中華そば900円、紅い玉300円、月見玉300円、スパイス玉300円、瓶ビール700円、日本酒1合700円、芋焼酎500円
URL:https://mendohanamokoshi.jimdofree.com/
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